・・・若しあすこの土地に人為上にもっと自由が許されていたならば、北海道の移住民は日本人という在来の典型に或る新しい寄与をしていたかも知れない。欧洲文明に於けるスカンディナヴィヤのような、又は北米の文明に於けるニュー・イングランドのような役目を果た・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・譬えば移住民が船に乗って故郷の港を出る時、急に他郷がこわくなって、これから知らぬ新しい境へ引き摩られて行くよりは、むしろこの海の沈黙の中へ身を投げようかと思うようなものである。 そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、項を反・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・その簡単な有り様は、太古の移住民族のごとく、また風に漂う浮き草にも似て、今日は、東へ、明日は、南へと、いうふうでありました。信吉はそれを見ると、一種の哀愁を感ずるとともに、「もっとにぎやかな町があるのだろう。いってみたいものだな。」と、思っ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・ そのうちに、町には急に或大工場が出来て、何千人という職工たちが移住して来ました。そのために、町の外へは、どんどん家がたちつまりました。こうして町が大きくなるにつれて、方々からいろいろの人がどっさり入りこんで来ます。その中には、浮浪人も・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・譬えば移住民が船に乗って故郷の港を出る時、急に他郷がこわくなって、これから知らぬ新しい境へ引き摩られて行くよりは、寧ろ此海の沈黙の中へ身を投げようかと思うようなものである。 そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、項を反せて・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・春になったら房州南方に移住して、漁師の生活など見ながら保養するのも一得ではないかと思います。いずれは仕事に区切りがついたら萱野君といっしょに訪ねたいと思います。しばらく会わないので萱野君の様子はわからない。きょう、只今徹夜にて仕事中、後略の・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・広い病室を二つ借りて家財道具全部を持ち込み、病院に移住してしまった。五月、六月、七月、そろそろ藪蚊が出て来て病室に白い蚊帳を吊りはじめたころ、私は院長の指図で、千葉県船橋町に転地した。海岸である。町はずれに、新築の家を借りて住んだ。転地保養・・・ 太宰治 「東京八景」
東京の三鷹の住居を爆弾でこわされたので、妻の里の甲府へ、一家は移住した。甲府の妻の実家には、妻の妹がひとりで住んでいたのである。 昭和二十年の四月上旬であった。聯合機は甲府の空をたびたび通過するが、しかし、投弾はほとん・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ 彼等のあわただしい移住は、それは何も僕たちに関係した事では無いかも知れないけれども、しかし、君のその「ノオ」の手紙が、僕と君が上野公園で別盃をくみかわしたあの日の前後に着いたとしたら、この菊屋一家の移住は、それから四、五日後に行われた・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・ 私はそれまで一年三箇月間、津軽の生家で暮し、ことしの十一月の中旬に妻子を引き連れてまた東京に移住して来たのであるが、来て見ると、ほとんどまるで二三週間の小旅行から帰って来たみたいの気持がした。「久し振りの東京は、よくも無いし、悪く・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
出典:青空文庫