・・・おそらくあの作の持っている罪業的な暗い感じに、彼はある親味と共鳴とを感じたのでもあろうが、それがひどく欠陥のある稚拙な彼の文章から、自分にそうした曖昧な印象を与えたものであろうと思われたが、それにしても「迂濶に物は書けない……」自分は一種の・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・学芸会みたいな稚拙なところもある。けれども、なんだか、ムキである。あの映画には、いままでの日本の映画に無かった清潔な新しさがあった。いやらしい「芸術的」な装飾をつい失念したから、かえって成功しちゃったのだ。重ねて言う。映画は、「芸術」であっ・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・しかも稚拙な直訳である。だいいち作者は、ゲエテをもクライストをもただ型としての概念でだけ了解しているようである。作者は、ファウストの一頁も、ペンテズイレエアの一幕も、おそらくは、読んだことがないのではあるまいか。失礼。ことにこの小説の末尾に・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・私の態度は、稚拙であった。三十一にもなって、少しも可愛げが無くなっているのに、それでも、でれでれ甘えて、醜怪の極である。酔いが進むに連れて、ひとりで悲愴がって、この会合全体を否定してみたり、きざに異端を誇示しようと企んだり、或いは思い直して・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・その時に控え室となっていた教場の机の上にナイフでたんねんに刻んだいろいろのらく書きを見ていたら、その中に稚拙な西洋婦人の立ち姿の周囲にリリアン・ギッシュ、メリー・ピクフォードなどという名前が彫り込んであった。自分の中学時代のいたずらを思い出・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・レーノルズの全集をひやかしてこの異彩ある学者を礼讃してみたり、マクスウェルの伝記中にあるこの物理学者の戯作ヴァンパヤーの詩や、それを飾る愉快に稚拙なペン画を嬉しがったりした。そんな下らないことが、今から考えてみると、みんな後年の自分の生涯に・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・この鍛冶橋外の乞食がしらみを取っている絵がいくつとなくかいてあった。この稚拙なグロテスクのスケッチはけだし傑作であったと思う。その当時まだしらみの実物を手にしたことはなかったはずであるが、しかしその絵にはこの虫がだいたい紡錘形をした体躯の両・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・を実験室内に捕えきたってあらゆる稚拙な「試み」を「実験」の試練にかけて篩い分けるという事、その判断の標準に「数値」を用いるという事によって、はじめて今日の科学が曙光を現わしたと思われる。もし古来の科学者が、「試み」なしの臆断を続けたり、「試・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・ずいぶん俗悪な木版刷りではあったが、しかし現代の子供の絵本のあくどい色刷りなどに比較して考えるとむしろ一種稚拙にひなびた風趣のあるものであったようにも思われる。 同じく昔の郷里の夏の情趣と結びついている思い出の売り声の中でも枇杷葉湯売り・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・成田梅子は、仙台に女子自由党を組織し、男女同権という声は、稚拙ながら新興の意気をもって、日本全国に響いたのであった。 ところが、一八八九年憲法が発布されると同時に、人民の政治的な自由は、それによって基礎づけられてより活溌に展開されるべき・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
出典:青空文庫