・・・就中疱瘡は津々浦々まで種痘が行われる今日では到底想像しかねるほど猛列に流行し、大名高家は魯か将軍家の大奥までをも犯した。然るにこの病気はいずれも食戒が厳しく、間食は絶対に禁じられたが、今ならカルケットやウェーファーに比すべき軽焼だけが無害と・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・はたしていたという文明の発端から、人類の医療の父として語られるヒポクラテスの話におよびさらに、ウィリアム・ハーヴェーの血液循環の発見があり、やがてパストゥールによって細菌が発見されたのも、ジェンナーの種痘の試みも、モルトンによる麻睡薬の試用・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ 別に大して寒いのではなかったらしいが、左*一番奥の歯がすっかり浮いて、到底しっかり口がつむれないようになっていた。 種痘したところにも或る刺戟を感じる。仰向いて暗い天井を見ながら、見たばかりの夢の材料を一々詮索しておかしく思った。・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・天然痘流行の為、私達は念の為大分の臼杵で種痘をした。Y、十四位のとき種痘したぎりで、どうも全感らしく、崇福寺の裏の高い段々を降る時など、気分が悪くなったらしかった。今朝、発熱し動かれない。私一人行く。 長崎図書館は、諏訪公園内に在る小ぢ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ これは、種痘問答である。私共は別府にいる時既に知人から流行の天然痘予防の注意を受けていた。臼杵へ行くと、そこでは全町民強制種痘をしたという。まして、長崎へ行くのなら危険此上ないというK氏の言葉で、計らず臼杵町費の一端を掠め、S氏の種痘・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫