・・・こう云った時にアインシュタインの顔が稲妻のようにちょっとひきつったので、何か皮肉が出るなと思っていると、果して「自然が脳味噌のない『性』を創造したという事も存外無いとは限らない」と云った。これは無論笑談であるが彼の真意は男女の特長の差異を認・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・そしてそこにも、まだ木香のするような借家などが、次ぎ次ぎにお茶屋か何かのような意気造りな門に、電燈を掲げていた。 私たちは白い河原のほとりへ出てきた。そこからは青い松原をすかして、二三分ごとに出てゆく電車が、美しい電燈に飾られて、間断な・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・有楽座帝国劇場歌舞伎座などを見物した帰りには必ず銀座のビイヤホオルに休んで最終の電車のなくなるのも構わず同じ見物帰りの友達と端しもなく劇評を戦わすのであった。上野の音楽学校に開かれる演奏会の切符を売る西洋の楽器店は、二軒とも人の知っている通・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・汁粉であるか煮小豆であるか眼前に髣髴する材料もないのに、あの赤い下品な肉太な字を見ると、京都を稲妻の迅かなる閃きのうちに思い出す。同時に――ああ子規は死んでしまった。糸瓜のごとく干枯びて死んでしまった。――提灯はいまだに暗い軒下にぶらぶらし・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
これは楽友館の給仕が話したのを誰かが書いたものらしい、而もそれは大分以前のことであろう。 初夏の或晩、楽友館の広間に、皓々と電燈がかがやいて、多くの人々が集った。この頃よくある停年教授の慰労会が催されるの・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・ 客観的には憎ったらしい程図々しく、しっかりとした足どりで、歩いたらしい。しかも一つ処を幾度も幾度もサロンデッキを逍遙する一等船客のように往復したらしい。 電燈がついた。そして稍々暗くなった。 一方が公園で、一方が南京町になって・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・河なる八橋も近き田植かな楊州の津も見えそめて雲の峰夏山や通ひなれたる若狭人狐火やいづこ河内の麦畠しのゝめや露を近江の麻畠初汐や朝日の中に伊豆相模大文字や近江の空もたゞならね稲妻の一網打つや伊勢の海紀路にも下り・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・巨きな桜へみんな百ぐらいずつの電燈がついていた。それに赤や青の灯や池にはかきつばたの形した電燈の仕掛けものそれに港の船の灯や電車の火花じつにうつくしかった。けれどもぼくは昨夜からよく寝ないのでつかれた。書かないでおいたってあんなうつくし・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・陽子はさし当り入用な机、籐椅子、電球など買った。四辺が暗くなりかけに、借部屋に帰った。上り端の四畳に、夜具包が駅から着いたままころがしてある。今日は主の爺さんがいた。「勝手に始末しても悪かろうと思って――私が持って行って上げましょう」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
朝小間使の雪が火鉢に火を入れに来た時、奥さんが不安らしい顔をして、「秀麿の部屋にはゆうべも又電気が附いていたね」と云った。「おや。さようでございましたか。先っき瓦斯煖炉に火を附けにまいりました時は、明りはお消しになって・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫