・・・雪が解けかかると彼れは岩内に出て鰊場稼ぎをした。そして山の雪が解けてしまう頃に、彼れは雪焼けと潮焼けで真黒になって帰って来た。彼れの懐は十分重かった。仁右衛門は農場に帰るとすぐ逞しい一頭の馬と、プラオと、ハーローと、必要な種子を買い調えた。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それから――無住ではない、住職の和尚は、斎稼ぎに出て留守だった――その寺へ伴われ、庫裡から、ここに准胝観世音の御堂に詣でた。 いま、その御廚子の前に、わずかに二三畳の破畳の上に居るのである。 さながら野晒の肋骨を組合わせたように、曝・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・親仁はこれからが稼ぎ時ではないのかい。人形使 されば、この土地の人たちはじめ、諸国から入込んだ講中がな、媼、媽々、爺、孫、真黒で、とんとはや護摩の煙が渦を巻いているような騒ぎだ。――この、時々ばらばらと来る梅雨模様の雨にもめげねえ群集だ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「はま公、そんなににわかに稼ぎださなくともえいよ。天気のえい時にはみっちら働いて、こんな日にゃ骨休めだ。これがえいのだ。なまけて遊んだっておもしれいもんでねい。はまア薩摩芋でも煮ろい」 おはまは竈屋へゆく。省作は考えた。兄は一に身上・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 某の家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか、某の娘は他国から稼ぎに来てる男と馴れ合って逃げ出す所を村界で兄に抑えられたとか、小さな村に話の種が二つもでき・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そしてふと傍の新聞を見れば、最近京都の祇園町では芸妓一人の稼ぎ高が最高月に十万円を超えると、三段抜きの見出である。 国亡びて栄えたのは闇屋と婦人だが、闇屋にも老訓導のような哀れなのがあり、握り飯一つで春をひさぐ女もいるという。やはり栄え・・・ 織田作之助 「世相」
・・・おきんの亭主はかつて北浜で羽振りが良くおきんを落籍して死んだ女房の後釜に据えた途端に没落したが、おきんは現在のヤトナ周旋屋、亭主は恥をしのんで北浜の取引所へ書記に雇われて、いわば夫婦共稼ぎで、亭主の没落はおきんのせいだなどと人に後指ささせぬ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・お俊と別れて自分はしばらく横浜へ稼ぎに行くと言った様子はひどく覚悟をしたらしいので、私も浜へゆくことは強いて止めません、お俊と別れるには及ぶまい、しばらく私が預かるから半年も稼いだら帰って来てまた一しょになるがよかろうと申しますと、藤吉は涙・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・けれども、一家が揃って慾ばりで、宇一はなお金を溜るために健二などゝ一緒に去年まで町へ醤油屋稼ぎに行っていた。 村の小作人達は、百姓だけでは生計が立たなかった。で、田畑は年寄りや、女達が作ることにして、若い者は、たいてい町へ稼ぎに出ていた・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・だが、彼等を待っているのは、頭をはねる親方が、稼ぎを捲き上げてしまう、工場の指定宿だった。うまいところがない。転々とする。持って行った一枚の着物まで叩き売ってしまう。そして再び帰って来た。 そういう者が、毎年二人や三人はあった。井村も流・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫