・・・が、今はいつのまにかどの穂も同じように狐色に変り、穂先ごとに滴をやどしていた。「さあ、仕事でもするかな。」 Mは長ながと寝ころんだまま、糊の強い宿の湯帷子の袖に近眼鏡の玉を拭っていた。仕事と言うのは僕等の雑誌へ毎月何か書かなければな・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ある時その燕は二人っきりでお話をしようと葦の所に行って穂の出た茎先にとまりますと、かわいそうに枯れかけていた葦はぽっきり折れて穂先が垂れてしまいました。燕はおどろいていたわりながら、「葦さん、ぼくは大変な事をしたねえ、いたいだろう」・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 蘆のまわりに、円く拡がり、大洋の潮を取って、穂先に滝津瀬、水筋の高くなり行く川面から灌ぎ込むのが、一揉み揉んで、どうと落ちる……一方口のはけ路なれば、橋の下は颯々と瀬になって、畦に突き当たって渦を巻くと、其処の蘆は、裏を乱して、ぐるぐ・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・藍色の軍服や、赤い筋や、鎗の穂先が煌々と、一隊挙って五十騎ばかり。隊前には黒髯を怒らした一士官が逸物に跨って進み行く。残らず橋を渡るや否や、士官は馬上ながら急に後を捻向いて、大声に「駈足イ!」「おおい、待って呉れえ待って呉れえ! お・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・竿も二間ばかりしかなくて、誰かのアガリ竿を貰いか何ぞしたのであろうか、穂先が穂先になってない、けだし頭が三、四寸折れて失せて終ったものである。 この児は釣に慣れていない。第一此処は浮子釣に適していない場である。やがて潮が動き出せば浮子は・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・そうしてその筆の穂を五倍子箱の中の五倍子の粉の中に突っ込んで粉を充分に含ませておいて口中に運ぶ、そうして筆の穂先を右へ左へ毎秒一往復ぐらいの週期で動かしながらまんべんなく歯列の前面を摩擦するのである。何分間ぐらいつづけていたかはっきりした記・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
八月二十六日床を出でて先ず欄干に倚る。空よく晴れて朝風やゝ肌寒く露の小萩のみだれを吹いて葉鶏頭の色鮮やかに穂先おおかた黄ばみたる田面を見渡す。薄霧北の山の根に消えやらず、柿の実撒砂にかちりと音して宿夢拭うがごとくにさめたり・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 槍の穂先に冠をかけて、窓近く差し出したる時、ランスロットとギニヴィアの視線がはたと行き合う。「忌まわしき冠よ」と女は受けとりながらいう。「さらば」と男は馬の太腹をける。白き兜と挿毛のさと靡くあとに、残るは漠々たる塵のみ。 ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・才を呵して直ちに章をなす彼の文筆が、絵の具皿に浸ると同時に、たちまち堅くなって、穂先の運行がねっとり竦んでしまったのかと思うと、余は微笑を禁じ得ないのである。虚子が来てこの幅を見た時、正岡の絵は旨いじゃありませんかと云ったことがある。余はそ・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・二人の槍の穂先が撓って馬と馬の鼻頭が合うとき、鞍壺にたまらず落ちたが最後無難にこの関を踰ゆる事は出来ぬ。鎧、甲、馬諸共に召し上げらるる。路を扼する侍は武士の名を藉る山賊の様なものである。期限は三十日、傍の木立に吾旗を翻えし、喇叭を吹いて人や・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫