・・・車夫の空中へ飛び上ったことはフット・ボオルかと思うくらいである。俺は勿論後悔した。同時にまた思わず噴飯した。とにかく脚を動かす時には一層細心に注意しなければならぬ。……」 しかし同僚を瞞着するよりも常子の疑惑を避けることは遥かに困難に富・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 古千屋はつづけさまに叫びながら、その度に空中へ踊り上ろうとした。それはまた左右の男女たちの力もほとんど抑えることの出来ないものだった。凄じい古千屋の叫び声はもちろん、彼等の彼女を引据えようとする騒ぎも一かたならないのに違いなかった。・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・富士司の御鷹匠は相本喜左衛門と云うものなりしが、其日は上様御自身に富士司を合さんとし給うに、雨上りの畦道のことなれば、思わず御足もとの狂いしとたん、御鷹はそれて空中に飛び揚り、丹頂も俄かに飛び去りぬ。この様を見たる喜左衛門は一時の怒に我を忘・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・と思う暇もなく仁右衛門は空中に飛び上って、やがて敲きつけられるように地面に転がっていた。彼れは気丈にも転がりながらすっくと起き上った。直ぐ彼れの馬の所に飛んで行った。馬はまだ起きていなかった。後趾で反動を取って起きそうにしては、前脚を折って・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
私が改造の正月号に「宣言一つ」を書いてから、諸家が盛んにあの問題について論議した。それはおそらくあの問題が論議せらるべく空中に漂っていたのだろう。そして私の短文がわずかにその口火をなしたのにすぎない。それゆえ始めの間の論駁・・・ 有島武郎 「想片」
・・・――一度は、たとえば、敦賀湾でありました――絵にかいた雨竜のぐるぐると輪を巻いて、一条、ゆったりと尾を下に垂れたような形のものが、降りしきり、吹煽って空中に薄黒い列を造ります。 見ているうちに、その一つが、ぱっと消えるかと思うと、たちま・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・また、師の発明工風中の空中飛行機を――まだ乗ってはいけないとの師の注意に反して――熱心の余り乗り試み、墜落負傷して一生の片輪になったのもある。そして、レオナドその人は国籍もなく一定の住所もなく、きのうは味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ちょっとおおげさだが、空中いっぱいちょうだといってよかったんだ。」「まあ、そんなに、私たち、ちょうばかりだったのですか。そして、そんなに、人間に愛されたのですか。」と、女ちょうは目をまわすばかりおどろきました。 すると、がまがえるは・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・て一種の濁った色の霞のようなものが、雲と雲との間をかき乱して、すべての空の模様を動揺、参差、任放、錯雑のありさまとなし、雲を劈く光線と雲より放つ陰翳とが彼方此方に交叉して、不羈奔逸の気がいずこともなく空中に微動している。林という林、梢という・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・黒い烏の群が、空中に渦巻いていた。陰欝に唖々と鳴き交すその声は、丘の兵舎にまで、やかましく聞えてきた。それは、地平線の隅々からすべての烏が集って来たかと思われる程、無数に群がり、夕立雲のように空を蔽わぬばかりだった。 烏はやがて、空から・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫