・・・殺すは悪、恵むは善というような意欲の実質的価値判断を混うるならば、祖国のための戦いに加わるは悪か、怠け者の虚言者に恵むは善かというような問いを限りなく生ずるであろう。東洋の禅や、一般に大乗的な宗教の行為の決定に形式の善をとって、実質の善をと・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・「おや、まだ強情に虚言をお吐きだよ。それほど分っているならなぜ禽はいいなあと云ったり、だけれどもネと云って後の言葉を云えなかったりするのだエ。」と追窮する。追窮されても窘まぬ源三は、「そりゃあただおいらあ、自由自在になっていたら・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・これもマア、酒に酔ったこの場だけの坐興で、半分位も虚言を交ぜて談すことだと思って聞いていてくれ。ハハハハハ。まだ考のさっぱり足りない、年のゆかない時分のことだ。今思えば真実に夢のようなことでまるで茫然とした事だが、まあその頃はおれの頭髪もこ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・それが虚言か真実かも分らぬが、これでは何様いう始末になるか全く知れぬので、又新に身内が火になり氷になった。男はそれを見て、「にッたり」を「にたにたにた」にして、「ハハハ、心配しおるな、主人は今、海の外に居るのでの。安心し居れ。今宵の始末・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・明朗完璧の虚言に、いちど素直にだまされて了いたいものさね。このひそやかの祈願こそ、そのまま大悲大慈の帝王の祈りだ。」もう眠っている。ごわごわした固い布地の黒色パンツひとつ、脚、海草の如くゆらゆら、突如、かの石井漠氏振附の海浜乱舞の少女のポオ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・少なくもこの種の科学者は小説家を捕えて虚言者とののしる権利はあるまい。小説戯曲によっては現実に遠い神秘的あるいは夢幻的なものもあるが、しかしこれが文学的作品として成立するためにはやはり読者の胸裏におのずから存在する一種の方則を無視しないもの・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・贅沢に非ざれば決して日常生活中には味われぬもののように独断している人たちは、容易に首肯しないかも知れないが、便所によって下町風な女姿が一層の嬌艶を添え得る事は、何も豊国や国貞の錦絵ばかりには限らない。虚言と思うなら目にも三坪の佗住居。珍々先・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・講釈師見て来たような虚言をつき。そこが芸術の芸術たる所以だろう。」「それでも一度は実地の所を見て置かないと、どうも安心が出来ないんだ。一体、小説なんぞ書こうという女はどんな着物を着ているんだか、ちょっと見当がつかない。まさか誰も彼もまが・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・「そういうわけじゃアないんだが、あの人は今こっちにいないもんだから」「虚言ばッかし。ようござんすよ。たんとお一人でおいでなさいよ」「困るなアどうも」「なに、よござんすよ。覚えておいでなさいよ。今日は昼間遊んでおいでなさるんで・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・p.276◎無信仰の十字架に釘づけになった彼は民衆の前に正統派の教えを説き、智識は分裂し燃焼するということを知っていたので これを抑圧し、そして聖書に即した厳格な農民の信仰に、幸福を与えるような虚言を説教したのである。p.277◎彼・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
出典:青空文庫