・・・誰か外へ来たと見えて、戸を叩く音が、突然荒々しく聞え始めました。 二 その日のかれこれ同じ時刻に、この家の外を通りかかった、年の若い一人の日本人があります。それがどう思ったのか、二階の窓から顔を出した支那人の女の子を・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ そう突然父が尋ねた。監督はいつものとおり無表情に見える声で、「いえなに……」 と曖昧に答えた。父は蒲団の左角にひきつけてある懐中道具の中から、重そうな金時計を取りあげて、眼を細めながら遠くに離して時間を読もうとした。 突然・・・ 有島武郎 「親子」
・・・体が突然がたりと動く。革紐が一本切れる。何だかしゅうというような音がする。フレンチは気の遠くなるのを覚えた。髪の毛の焦げるような臭と、今一つ何だか分からない臭とがする。体が顫え罷んだ。「待て。」 白い姿は動かない。黒い上衣を着た医者・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ と厭な目つきでまたニヤリで、「ほんとは夜来る方がいいんだのに。フン、フン、フン、」 突然川柳で折紙つきの、という鼻をひこつかせて、「旦那、まあ、あら、まあ、あら良い香い、何て香水を召したんでございます。フン、」 といい・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・老爺はこの湖水についての案内がおおかたつきたので、しばらく無言にキィーキィーをやっとる。予もただ舟足の尾をかえりみ、水の色を注意して、頭を空に感興にふけっている。老爺は突然先生とよんだ。かれはいかに予を観察して先生というのか、予は思わず微笑・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・あまり突然のことだから、「どうしたのだ?」と、思わず大きな声をして、僕はかの女の片手を取った。「………」かの女は僕に片手をまかせたままでしばらく僕の膝の上につッ伏していたが、やがて、あたまをあげて、そのくわえていた袖を離し、「青木と・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 何しろ社交上の礼儀も何も弁えない駈出しの書生ッぽで、ドンナ名士でも突然訪問して面会出来るものと思い、また訪問者には面会するのが当然で、謝絶するナゾとは以ての外の無礼と考えていたから、何の用かと訊かれてムッとした。「何の用事もありま・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。その様子が今まで人に追い掛けられていて、この時決心して自分を追い掛けて来た人に向き合うように見えた。「お互に六発ずつ打つ事にしましょうね。あなたがお先へお打ちなさい。」「ようございま・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・すると、いってから二、三日たったある日の晩方、突然、戸口に龍雄の姿が現れたから、両親はびっくりして、そのそばに駆けよりました。「どうして帰ってきたか?」と、母親は問いました。 母親は、なにか我が子が悪いことでもして出されてきたの・・・ 小川未明 「海へ」
・・・の姿と見えたのではないかと多少解決がついたので、格別にそれを気にも留めず、翌晩は寝る時に、本は一切片附けて枕許には何も置かずに床に入った、ところが、やがて昨晩と、殆んど同じくらいな刻限になると、今度は突然胸元が重苦しく圧されるようになったの・・・ 小山内薫 「女の膝」
出典:青空文庫