・・・遺書を作るために、もう一年などと、そんな突飛な事は言い出せるものでない。私は、ひとりよがりの謂わば詩的な夢想家と思われるのが、何よりいやだった。兄たちだって、私がそんな非現実的な事を言い出したら、送金したくても、送金を中止するより他は無かっ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・本来の私ならば、ここに於いて、あの泥靴の不愉快きわまる夢をはじめ、相ついで私の一身上に起る数々の突飛の現象をも思い合せ、しかも、いま、この眼で奇怪の魔性のものを、たしかに見とどけてしまったからには、もはや、逡巡のときでは無い、さては此の家に・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・王子には、この育ちの違った野性の薔薇が、ただもう珍らしく、ひとつき、ふたつき暮してみると、いよいよラプンツェルの突飛な思考や、残忍なほどの活溌な動作、何ものをも恐れぬ勇気、幼児のような無智な質問などに、たまらない魅力を感じ、溺れるほどに愛し・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 夢の中に現われる雑多な心像は一見はなはだ突飛なものでなんの連絡もない断片の無機的系列に過ぎないようであるが、精神分析学者の説くところによると、それらの断片をそれの象徴する潜在的内容に翻訳すれば、そういう夢はちゃんとした有機的な文章にな・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・よる情緒の活動が適当な刺激となり、それが生理的に反応して内分泌ホルモンの分泌のバランスに若干の影響を及ぼし、場合によってはいわゆる起死回生の薬と類似した効果を生ずることも可能ではないかという、はなはだ突飛な空想も起こし得られる。 内分泌・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・それは新しい研究という事はいくらも出来るが、しかしそれをするには現在の知識の終点を究めた後でなければ、手が出せないという事をよく呑み込まさないと、従来の知識を無視して無闇に突飛な事を考えるような傾向を生ずる恐れがある。この種の人は正式の教育・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・殊に例えば金冬心や石濤のごとき支那人の画を見るがよいと思う。突飛な題材を無造作な不細工な描き方で画いているようではあるが、第一構図や意匠の独創的な事は別問題としても今ここに論じているような「不協和の融和」という事が非常にうまく行われているの・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ あまりに突飛な考えではあるが、人間のいろいろなスポーツの起原を遠い遠い灰色の昔までたどって行ったら、事によるとそれがやはりわれわれの種族の増殖の営みとなんらかの点でつながっていたのではないかという気がしてくるのである。 ・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・また一方であまりに突飛な音の飛躍も喜ばれないのはつまり離れ過ぎを忌むのである。次から次と不即不離な関係で無理なく自由に流動進行することによってそこにベートーヴェンやブラームスが現われて活躍するのである。またあまりに美しい完全な和弦が連行する・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・そうして生活の時間をただその方面にばかり使ったものだから、完全な人間をますます遠ざかって、実に突飛なものになり終せてしまいました。私ばかりではない、かの博士とか何とか云うものも同様であります。あなた方は博士と云うと諸事万端人間いっさい天地宇・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫