・・・シルク・ハットは円筒の胴に土蔵の窓明りを仄めかせている。そのまた胴は窓の外に咲いた泰山木の花を映している。……しかしふと指に触れたズボンの底の六十何銭かはたちまちその夢を打ち壊した。今日はまだやっと十何日かである。二十八日の月給日に堀川教官・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・旅団参謀は窓明りに、何度もその針を検べて見た。が、それも平たい頭に、梅花の模様がついているほか、何も変った所はなかった。「何か、これは?」「私は鍼医です。」 髯のある男はためらわずに、悠然と参謀の問に答えた。「次手に靴も脱い・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・床柱にも名があろう……壁に掛けた籠に豌豆のふっくりと咲いた真白な花、蔓を短かく投込みに活けたのが、窓明りに明く灯を点したように見えて、桃の花より一層ほんのりと部屋も暖い。 用を聞いて、円髷に結った女中が、しとやかに扉を閉めて去ったあとで・・・ 泉鏡花 「妖術」
出典:青空文庫