・・・どうしてもその着物を母のお目に掛けなければならぬ窮地におちいった時には、苦心してお金を都合して兄に手渡す。勝治は、オーライなどと言って、のっそり家を出る。着物を抱えてすぐに帰って来る事もあれば、深夜、酔って帰って来て、「すまねえ」なんて言っ・・・ 太宰治 「花火」
・・・西洋の画家が比較的近年になって、むしろこうした絵画に絵画本来の使命があるということを発見するようになったのは、従来の客観的分析的絵画が科学的複製技術の進歩に脅かされて窮地に立った際、偶然日本の浮世絵などから活路を暗示されたためだという説もあ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・普通の人間の忍べないと思うような辛苦をよく耐えたり、機智を働かして窮地を脱したり、その点では人並以上の生活の力を発揮しているわけですが、そういう立志伝を読むと、多くの場合私たちの心には、何か一筋のものたりない感情がのこされるのは何故でしょう・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・それは気力をふるい立たせ、計画ある行動に立たせて窮地を打開させる力となって来た。 けれども、今日私たちが、自分一人が頼り、という雄々しい決心のその現実の内容をこまかくしらべたとき、生を守る智慧はどんなに深く大きくあらねばならないかという・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ 雁金を窮地におとしいれた父山下博士に対しても別居をやめてかえった久内は「父を見ても予期していたような対立的な重苦しさを感じない」それというのも「海中深く没してしまった自分の身の、動きのとれぬ落付きでもあったろう」としんみり述懐している・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・丸公があがったから一般の生活は益々窮地においこまれているのに、和田氏の家庭では、家計が二〇%改善しでもしたのだろうか。丸公値上げについては、都留副長官が、女性改造という婦人雑誌の対談会で、民報の森沢氏からつっこまれて大汗に陳弁している。和田・・・ 宮本百合子 「ほうき一本」
出典:青空文庫