・・・ こんなことを一々気にしていては窮屈で仕方がありません。然しそう思ってみても逃げられないことがあります。それは不快の一つの「型」です。反省が入れば入る程尚更その窮屈がオークワードになります。ある日こんなことがありました。やはり私の前に坐・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・それに町の出口入り口なれば村の者にも町の者にも、旅の者にも一休息腰を下ろすに下ろしよく、ちょっと一ぷくが一杯となり、章魚の足を肴に一本倒せばそのまま横になりたく、置座の半分遠慮しながら窮屈そうに寝ころんで前後正体なき、ありうちの事ぞかし。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・あまり小さく、窮屈に男性を束縛するのは、男性の世界を理解しないものだ。小さい几帳面な男子が必ずしも妻を愛し、婦人を尊敬するものではない。大事なところで、献身的につくしてくれるものでもない。要は男性としての本質を見よ。夫としてのたのみがいを見・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・――いや、それよりも、内地へ帰って窮屈な軍服をぬぎ捨ててしまいたかった。 彼等は、内地にいる、兵隊に取られることを免れた人間が、暖い寝床でのびのびとねていることを思った。その傍には美しい妻が、――内地に残っている同年の男は、美しくって気・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・俺は首を窮屈にまげて、しばらくの間うしろの窓から振りかえっていた。「もう直ぐだ、あそこの角をまがると、刑務所の壁が見えるよ。」 ――俺はその言葉に、だまって向き直った。 青い褌 自動車は合図の警笛をならしなが・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・次郎のいないあとは、にわかに家も寂しかろうけれど、日ごろせせこましく窮屈にのみ暮らして来た私たちの前途には、いくらかのゆとりのある日も来そうになった。私は私で、もう一度自分の書斎を二階の四畳半に移し、この次ぎは客としての次郎をわが家に迎えよ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 作家は、いよいよ窮屈である。何せ、眼光紙背に徹する読者ばかりを相手にしているのだから、うっかりできない。あんまり緊張して、ついには机のまえに端座したまま、そのまま、沈黙は金、という格言を底知れず肯定している、そんなあわれな作家さえ出て・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・代価を強いて取らせて破片だけを持って帰るのもあまりにぎごちない窮屈な気がする。二個分の代価を払って、破片と、そうして破れないもう一つをさげて来るのも何だか殊更で、そこに説明の出来ない無理があるように思われる。それかと云って自分のした事はどう・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・ 諸君、明治に生れた我々は五六十年前の窮屈千万な社会を知らぬ。この小さな日本を六十幾つに劃って、ちょっと隣へ往くにも関所があり、税関があり、人間と人間の間には階級があり格式があり分限があり、法度でしばって、習慣で固めて、いやしくも新しい・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・(そは作者の知る処に非とにかく珍々先生は食事の膳につく前には必ず衣紋を正し角帯のゆるみを締直し、縁側に出て手を清めてから、折々窮屈そうに膝を崩す事はあっても、決して胡坐をかいたり毛脛を出したりする事はない。食事の時、仏蘭西人が極って Ser・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫