・・・しかし巡査の概念として白い服を着てサーベルをさしているときめると一面には巡査が和服で兵児帯のこともあるから概念できめてしまうと窮屈になる。定義できめてしまっては世の中の事がわからなくなると仏国の学者はいうている。 物は常に変化して行く、・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・ただ多くの一般の人々は、僕の変人である性格を理解してくれないので、こちらで自分を仮装したり、警戒したり、絶えず神経を使ったりして、社交そのものが煩わしく、窮屈に感じられるからである。僕は好んで洞窟に棲んでるのではない。むしろ孤独を強いられて・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ すなわち我輩の所望なれども、今その然らずして恰も国家の功臣を以て傲然自から居るがごとき、必ずしも窮屈なる三河武士の筆法を以て弾劾するを須たず、世界立国の常情に訴えて愧るなきを得ず。啻に氏の私の為めに惜しむのみならず、士人社会風教の為め・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 其処で自分は考えた、翻訳はこうせねば成功せまい、自分のやり方では、形に拘泥するの結果、筆力が形に縛られるから、読みづらく窮屈になる。これは宜しくジュコーフスキーの如く、形は全く別にして、唯だ原作に含まれたる詩想を発揮する方がよい。とこ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・本当にお互に物馴れない、窮屈らしい御交際をいたしました事ね。あの時邪魔の無い所で、久しく御一しょにいますうちに、あなたの人にすぐれていらっしゃること、珍らしい才子でいらっしゃること、何かなさるのに思い切って大胆に手をお下しになることなんぞが・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・今度は二人乗のよぼよぼ車に窮屈そうに二人の婆さんが乗って居る。勿論田舎の婆さんでその中の一人が誠に小い一尺ばかりの熊手を持って居る。もし前の熊手が一号という大きさならこの熊手は廿九号位であるであろう。その小さな奴を膝の上にも置かないでやはり・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・だから一向反対宣伝も要らなければこの軽業テントの中に入って異教席というこの光栄ある場所に私が数時間窮屈をする必要もない。然しながら実は私は六月からこちらへ避暑に来て居りました。そしてこの大祭にぶっつかったのですから職業柄私の方ではほんの余興・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ほんとうにむき出しに自分たちを示すような勉強も調査もスポーツもされない窮屈さがのこっている。 昨日あたりから上野の美術館で婦人画家ばかりの展覧会が催おされている。芸術の世界で、婦人ばかりの絵画、あるいは婦人ばかりの文学というものはないも・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・お客さまがご窮屈でないように、お二人ずつ分けて進ぜる。賃銭はあとでつけた値段の割じゃ」こう言っておいて、大夫は客を顧みた。「さあ、お二人ずつあの舟へお乗りなされ。どれも西国への便船じゃ。舟足というものは、重過ぎては走りが悪い」 二人の子・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ 初めて漱石と対坐しても、私はそう窮屈には感じなかったように思う。応対は非常に柔らかで、気おきなく話せるように仕向けられた。秋の日は暮れが早いので、やがて辞し去ろうとすると、「まあ飯を食ってゆっくりしていたまえ、その内いつもの連中がやっ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫