・・・蝋燭を啄もうとして、人の立去るのを待つのである。 衝と銜えると、大概は山へ飛ぶから間違はないのだが、怪我に屋根へ落すと、草葺が多いから過失をしでかすことがある。樹島は心得て吹消した。線香の煙の中へ、色を淡く分けてスッと蝋燭の香が立つと、・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・岡村はそういって、宿屋の帳附けが旅客の姓名を宿帳へ記入し、跡でお愛想に少許り世間話をして立去るような調子に去って終った。 予は彼が後姿を見送って、彼が人間としての変化を今更の如くに気づいた。若い時代の情熱などいうもの今の彼には全く無いの・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・と、少女は、立ち去るときにいいました。 少女が歩いてきますと、あとから赤ん坊を負った娘が追いかけてきました。そして、少女を呼び止めました。「あなたのお家はどこですか……。」 少女は、さびしそうに、娘の顔を見て、微笑みながら、・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・聴き捨てにする人は少なく、一銭二銭を彼の手に握らして立ち去るが多かった。 二 同じ年の夏である。自分は家族を連れて鎌倉に暑さを避け、山に近き一小屋を借りて住んでいた。ある夜のこと、月影ことに冴えていたので独り散歩して・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・けれども、立ち去るわけにいかない。それは、失礼である。なるほど、と感心した振りをして厳粛にうなずき、なおも見つづけていなければならぬのである。 その撮影が、どうにか一くぎりすんで、男爵は、蘇生の思いであった。むし熱い撮影室から転げるよう・・・ 太宰治 「花燭」
・・・すぐに立ち去る事は出来なかった。この祈願、かならず織女星にとどくと思った。祈りは、つつましいほどよい。 昭和十二年から日本に於いて、この七夕も、ちがった意味を有って来ているのである。昭和十二年七月七日、蘆溝橋に於いて忘るべからざる銃声一・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・ 慶四郎君の告白の終りかけた時、細君がお銚子のおかわりを持って来て無言で私たちに一ぱいずつお酌をして静かに立ち去る。そのうしろ姿をぼんやり見送り、私は愕然とした。片足をひきずり気味にして歩いている。「ツネちゃんじゃないか。」・・・ 太宰治 「雀」
・・・と洒落た事を言って立ち去る。 魚容はまだ夢の続きを見ているような気持で、呆然と立って農夫を見送り、それから振りかえって楓の梢にむらがる烏を見上げ、「竹青!」と叫んだ。一群の烏が驚いて飛び立ち、ひとしきりやかましく騒いで魚容の頭の上を・・・ 太宰治 「竹青」
・・・だに忘れず記憶している…… これもやはりそういう真夏の日盛り、自分は倉造りの運送問屋のつづいた堀留あたりを親父橋の方へと、商家の軒下の僅かなる日陰を択って歩いて行った時、あたりの景色と調和して立去るに忍びないほど心持よく、倉の間から・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・月天心貧しき町を通りけり羽蟻飛ぶや富士の裾野の小家より七七五調、八七五調、九七五調の句独鈷鎌首水かけ論の蛙かな売卜先生木の下闇の訪はれ顔花散り月落ちて文こゝにあら有難や立ち去る事一里眉毛に秋の峰寒し門前の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫