・・・だ浮舟なんざ、手拭で汗を拭く度に肉が殺げて目に見えて手足が細くなった、それさえ我儘をさしちゃあおきませなんだ、貴女は御全盛のお庇に、と小刀針で自分が使う新造にまでかかることを言われながら、これにはまた立替えさしたのが、控帳についてるので、悔・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ で、父が一伍一什を話すと――「立替えましょう、可惜ものを。七貫や八貫で手離すには当りゃせん。本屋じゃ幾干に買うか知れないけれど、差当り、その物理書というのを求めなさる、ね、それだけ此処にあれば可い訳だ、と先ず言った訳だ。先方の買直・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・という顔だったが、やがて、あ、そうかと想い出して、「――いや、その積りはなかったんだが、はいってた筈の財布にうっかりはいっていなかったりはいっていても、雑誌社から来た為替だけだったりしてね、つい、立て替えさせてしまったんだね。――そうか・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・にはいるには二百円の保証金がいる、働いて返すから一時立て替えて貰えないだろうかと言う。横堀は丈は五尺そこそこの小男で、右の眼尻の下った顔はもう二十九だというのに、二十前後のように見える。いつまでも一本立ち出来ず、孤独な境遇のまま浮草のように・・・ 織田作之助 「世相」
・・・いったい今度の金は、どうかして君の作家としての生活を成立させたいというつもりから立替えた金なんで、それを君が間違いなく返してくれると、この次ぎの場合にも、僕がしなくもまたきっと他の誰かがしてくれるだろう、そうなればあるいは君の作家生活もなり・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・そこで幾ら立て替えておいてくれたのかい。」「六百マルクでございます。秘密警察署の方は官吏でございますから、報酬は取りませんが、私立探偵事務所の方がございますので。どうぞ悪しからず。それから潜水夫がお心付けを戴きたいと申しました。」 ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・「どうも、何だな、そういう点が日本の女と外国の女との偉い違いだな、君、日本の女だったら自分の夫に立て替えた金が返らないって、友達の家へころげこむ者は無いですよ、それに、置いてやるものもまあ無いね、私だったら、どやしつけて帰してやる。ハッ・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫