・・・ 大柄な婦人で、鼻筋の通った、佳い容色、少し凄いような風ッつき、乱髪に浅葱の顱巻を〆めまして病人と見えましたが、奥の炉のふちに立膝をしてだらしなく、こう額に長煙管をついて、骨が抜けたように、がっくり俯向いておりましたが。」 ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・いよいよ坐り草臥びれると能く立膝をした。あぐらをかくのは田舎者である、通人的でないと思っていたのだろう。 それが皮切で、それから三日目、四日目、時としては続いて毎日来た。来れば必ず朝から晩まで話し込んでいた。が、取留めた格別な咄もそれほ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 一人の浮浪者がごろりと横になっている傍に、五つ六つ位のその浮浪者の子供らしい男の子が、立膝のままちょぼんとうずくまり、きょとんとした眼を瞠いて何を見るともなく上の方を見あげていた。 そのきょとんとした眼は、自分はなぜこんな所で夜を・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・後には頭から頤へ掛けて、冠の紐のように結んで、垂れ下ったところを握ったまま、立膝になって、壁の摺絵を見つめる。「ネイションス・ピクチュア」から抜いた絵である。女が白衣の胸にはさんだ一輪の花が、血のように滲んでいる。目を細くして見ていると、女・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・そして口にする間もない煙管を持ったまま、火鉢の前に立膝をしていた。鼻の下にすくすく生えた短い胡麻塩髭や、泡のたまった口が汚らしく見えた。「忰は水練じゃ、褒状を貰ってましたからね。何でも三月からなくちゃ卒業の出来ねえところを、宅の忰はたっ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・まず、忍び逢いの小座敷には、刎返した重い夜具へ背をよせかけるように、そして立膝した長襦袢の膝の上か、あるいはまた船底枕の横腹に懐中鏡を立掛けて、かかる場合に用意する黄楊の小櫛を取って先ず二、三度、枕のとがなる鬢の後毛を掻き上げた後は、捻るよ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・この周囲と一致して日本の女の最も刺戟的に見える瞬間もやはり夏の夕、伊達巻の細帯にあらい浴衣の立膝して湯上りの薄化粧する夏の夕を除いて他にはあるまい。 町中の堀割に沿うて夏の夕を歩む時、自分は黙阿弥翁の書いた『島鵆月白浪』に雁金に結びし蚊・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ 立膝をしたまま、左の手で座蒲団を捲って、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直して、その上にどっかり坐った。 お前は侍である。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚が云った。そういつまで・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 今野が立膝をしたなり腹立たしげに、白眼をはっきりさせて云った。「ふむ!」 成程、こういう風な人の動かしかたを、万事につけてやるものであるか。自分は強くそう思った。何も説明せず、先はどうなるのか見当がつかないように小切って命令し・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫