・・・けれども中には『竜王が鎮護遊ばすあの池に獺の棲もう筈もないから、それはきっと竜王が魚鱗の命を御憫みになって、御自分のいらっしゃる池の中へ御召し寄せなすったのに相違ない。』と申すものも、思いのほか多かったようでございます。「こちらは鼻蔵の・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・大海蒼溟に館を造る、跋難佗竜王、娑伽羅竜王、摩那斯竜王。竜神、竜女も、色には迷う験し候。外海小湖に泥土の鬼畜、怯弱の微輩。馬蛤の穴へ落ちたりとも、空を翔けるは、まだ自在。これとても、御恩の姫君。事おわして、お召とあれば、水はもとより、自在の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・――有験の高僧貴僧百人、神泉苑の池にて、仁王経を講じ奉らば、八大竜王も慈現納受たれ給うべし、と申しければ、百人の高僧貴僧を請じ、仁王経を講ぜられしかども、その験もなかりけり。また或人申しけるは、容顔美麗なる白拍子を、百人めして、――・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・浪がないから竜王の下の岩に躍る白浪の壮観も見えぬ。釣船はそろそろ帆を張って帰り支度をしている。沖の礁を廻る時から右舷へ出て種崎の浜を見る。夏とはちがって人影も見えぬ和楽園の前に釣を垂れている中折帽の男がある。雑喉場の前に日本式の小さい帆前が・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
出典:青空文庫