・・・ と言うと、次の間の――崖の草のすぐ覗く――竹簀子の濡縁に、むこうむきに端居して……いま私の入った時、一度ていねいに、お時誼をしたまま、うしろ姿で、ちらりと赤い小さなもの、年紀ごろで視て勿論お手玉ではない、糠袋か何ぞせっせと縫っていた。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 時に一縷の暗香ありて、垣の内より洩れけるにぞ法師は鼻を蠢めかして、密に裡を差覗けば、美人は行水を使いしやらむ、浴衣涼しく引絡い、人目のあらぬ処なれば、巻帯姿繕わで端居したる、胸のあたりの真白きに腰の紅照添いて、眩きばかり美わしきを、蝦・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・薄暮の縁側の端居に、たまたま眼前を過ぎる一匹の蚊が、大空を快翔する大鵬と誤認されると同様な錯覚がはたらくのである。 いっそうおもしろいのは時間の逆行による世界像の反転である。いわゆるカットバックの技巧で過去のシーンを現在に引きもどすこと・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・と椽に端居して天下晴れて胡坐かけるが繰り返す。兼ねて覚えたる禅語にて即興なれば間に合わすつもりか。剛き髪を五分に刈りて髯貯えぬ丸顔を傾けて「描けども、描けども、夢なれば、描けども、成りがたし」と高らかに誦し了って、からからと笑いながら、室の・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫