・・・「もし、」 と、仕切一つ、薄暗い納戸から、優しい女の声がした。「端本になりましたけれど、五六冊ございましたよ。」「おお、そうか。」「いや、いまお捜しには及びません。」 様子を察して樹島が框から声を掛けた。「は、つ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・紅葉全集の端本。馬琴の「白縫物語」、森鴎外の「埋木」と「舞姫」「即興詩人」などの合本になった、水泡集と云ったと思うエビ茶色のローズの厚い本。『太陽』の増刊号。これらの雑誌や本は、はじめさし絵から、子供であったわたしの生活に入って来ている。く・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・良いもの、纏ったものは皆東京にうつされ此方に遺っているのは、ちぐはぐな叢書の端本、一寸した単行本等に過ない筈である。 ひどくこの地方名物の風が吹き荒んで、おちおちものも書けない或る日、私は埃くさい三畳で古本箱やその囲りに散っている本等を・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・その最初の蒐集の中に、今再び埃の下から現れた赤いクロースの『太陽』だの『美奈和集』だの、もうどこかへ行って跡かたもない黒背皮の『白縫物語』だの『西鶴全集』の端本だのがあった。ポーの小説集二冊を母が何かの拍子で買って来てくれたことから、次第に・・・ 宮本百合子 「本棚」
・・・どうもこんな本が端本になっているのは不思議だと思いながら、こちらの方へ歩いて参って、錦町の通を旦過橋の方へ行く途中で、また古本屋の店を見ると、同じ大智度論が一山ここにも積み畳ねてある。その外法苑珠林だの何だのと、色々あるのです。大智度論も二・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫