・・・その上それぞれ自分の場所へ、夫人に来て貰うように、無邪気な競争さえ始めるのだった。「じゃあなた方に籤を引いて貰おう。」――将軍はこう云ってから、もう一度少将に笑顔を見せた。……「それは罪のない話ですね。だが西洋人には聞かされないな。」・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・明日の授受が済むまでは、縦令永年見慣れて来た早田でも、事業のうえ、競争者の手先と思わなければならぬという意識が、父の胸にはわだかまっているのだ。いわば公私の区別とでもいうものをこれほど露骨にさらけ出して見せる父の気持ちを、彼はなぜか不快に思・・・ 有島武郎 「親子」
・・・その方が競争して商人に売るのよりも割がよかったのだ。商人どもはこのボイコットを如何して見過していよう。彼らは農家の戸別訪問をして糧秣廠よりも遙かに高価に引受けると勧誘した。糧秣廠から買入代金が下ってもそれは一応事務所にまとまって下るのだ。そ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・、蛙の子は蛙になる、親仁ももとはこの家業をいたしておりましたから、年紀は取ってもちっとは呼吸がわかりますので、せがれの腕車をこうやって曳きますが、何が、達者で、きれいで、安いという、三拍子も揃ったのが競争をいたしますのに、私のような腕車には・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・否、恋がたきとして競争する必要もないが、吉弥が女優になりたいなどは真ッかなうそだと合点した。急に胸がむかむかとして来ずにはいられなかった。その様子がかの女には見えたかも知れないが、僕はこれを顔にも見せないつもりで、いそいで衣服をつけてそこを・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 椿岳の画は今の展覧会の絵具の分量を競争するようにゴテゴテ盛上げた画とは本質的に大に違っておる。大抵は悪紙に描きなぐった泥画であるゆえ、田舎のお大尽や成金やお大名の座敷の床の間を飾るには不向きであるが、悪紙悪墨の中に燦めく奔放無礙の稀有・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 自由競争時代の文化機関には、まだこの良心があったが故に、各の異彩ある作家は自己の作品を自由に発表することができたのであったが、今日は、『大衆に向くものを』という資本家の意志によって、全く職業的に作家は書く以外の自由を有しないのでありま・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・いわば、竜頭蛇尾、たとえば千メートルの競争だったら、最初の二百メートルはむちゃくちゃに力を出しきって、あとはへこたれてしまうといった調子。そんな訳で、奉公したては、旦那が感心するくらい忠実に働くのだが、少し飽きてくると、もういたたまれなくな・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 喬はその話を聞いたとき、女自身に病的な嗜好があるのなればとにかくだがと思い、畢竟廓での生存競争が、醜いその女にそのような特殊なことをさせるのだと、考えは暗いそこへ落ちた。 その女はおしのように口をきかぬとS―は言った。もっとも話を・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・しかし得意ということは多少競争を意味する。自分の画の好きなことは全く天性といっても可かろう、自分を独で置けば画ばかり書いていたものだ。 独で画を書いているといえば至極温順しく聞えるが、そのくせ自分ほど腕白者は同級生の中にないばかりか、校・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
出典:青空文庫