・・・ 二三日顔を見せませんから案じられます、逢いとうはございます、辛抱がし切れませんでちょっと沢井様のお勝手へ伺いますと、何貴方、お米は無事で、奥様も珍しいほど御機嫌のいい処、竹屋の婆さんが来たが、米や、こちらへお通し、とおっしゃると、あの・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・牛頭山前よりは共にと契りたる寒月子と打連れ立ちて、竹屋の渡りより浅草にかかる。午後二時というに上野を出でて高崎におもむく汽車に便りて熊谷まで行かんとするなれば、夏の日の真盛りの頃を歩むこととて、市中の塵埃のにおい、馬車の騒ぎあえるなど、見る・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・十年十五年と過ぎた今日になっても、自分は一度び竹屋橋場今戸の如き地名の発音を耳にしてさえ、忽然として現在を離れ、自分の生れた時代よりも更に遠い時代へと思いを馳するのである。 いかに自然主義がその理論を強いたにしても、自分だけには現在ある・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・三囲稲荷の鳥居が遠くからも望まれる土手の上から斜に水際に下ると竹屋の渡しと呼ばれた渡場の桟橋が浮いていて、浅草の方へ行く人を今戸の河岸へ渡していた。渡場はここばかりでなく、枕橋の二ツ並んでいるあたりからも、花川戸の岸へ渡る船があったが、震災・・・ 永井荷風 「水のながれ」
出典:青空文庫