・・・畢竟するに戯作が好きではなかったが、馬琴に限って愛読して筆写の労をさえ惜しまず、『八犬伝』の如き浩澣のものを、さして買書家でもないのに長期にわたって出版の都度々々購読するを忘れなかったというは、当時馬琴が戯作を呪う間にさえ愛読というよりは熟・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・の文章をお経の文句のように筆写して、記憶しているという人が随分いるらしく、若杉慧氏などは文学修業時代に「暗夜行路」を二回も筆写し、真冬に午前四時に起き、素足で火鉢もない部屋で小説を書くということであり、このような斎戒沐浴的文学修業は人を感激・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・ 以上は鴎外の文章の筆写であるが、これが喧嘩のはじまりで、いよいよ組んづほぐれつの、つかみ合いになって、 彼は僕を庭へ振り落そうとする。僕は彼の手を放すまいとする。手を引き合った儘、二人は縁から落ちた。 落ちる時手を放して、・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・であると云う丈の理由で、さも博大な知識を獲得しつつあるような満足と動悸とを以て読み、筆写さえした通りに。 この本の印刷された年代で見ると、祖父は三十前後の壮年で、末弟が十七八であったらしい。恐らく末弟――私からは伯父に当る少年が、当時住・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
出典:青空文庫