・・・ 百千年の後に軽率な史家が春秋の筆法を真似て、東京市民をニヒリストの思想に導いた責任者の一つとして電気局を数えるような事が全くないとは限らないような気もする。 十幾年前にフィンランドの都ヘルジングフォルスへ遊びに行った時に私を案内し・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・春秋の筆法が今は行なわれないのであろう。そうでなければこんな事もうっかりは言われない。 世田が谷近くで将校が二人乗った。大尉のほうが少佐に対して無雑作な言語使いでしきりに話しかけていた。少佐は多く黙っていた。その少佐の胸のボタンが一つは・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 数の勘定には十進法の数字だけあればそれでよいというのは、言わば机の三本足を使う流儀であって、これに一見無用な干支を添えるのは用心棒を一本足した四本足を採用する筆法である。むだはむだでも有用なむだであるとも言われる。 十進法というの・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・同じ筆法で行けば弘安四年六月三十日から七月一日へかけて玄界灘を通過した低気圧は我邦の存亡に多大の影響があったのである。もし当時元軍に現時の気象学の知識があったなら、あの攻撃はあるいはもう数ヶ月延期したかもしれない。 日露戦役の際でも我軍・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・そしてそれらに対抗して自分の赤裸々の本性を出そうとする際に、従来同君の多く手にかけて来た図案の筆法がややもすれば首を出したくなる。それをも強いて振り落して全く新しい天地を見出そうと勉めているのである。その努力の効果は決して仇でない事は最近の・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・つまり日本人がとくの昔から、別にむつかしい理論も何もなしにやっていた筆法を映画の上に応用しているようにしか思われないのである。 たとえば昔からある絵巻物というものが今の映画、しかもいわゆるモンタージュ映画の先駆のようにも見られる。またい・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・洋行中仏蘭西のフレデリック・ミストラル、白耳義のジョルヂ・エックー等の著作をよんで郷土芸術の意義ある事を教えられていたので、この筆法に倣ってわたくしはその生れたる過去の東京を再現させようと思って、人物と背景とを隅田川の両岸に配置したのである・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・ この故に写生文家は自己の心的行動を叙する際にもやはり同一の筆法を用いる。彼らも喧嘩をするだろう。煩悶するだろう。泣くだろう。その平生を見れば毫も凡衆と異なるところなくふるまっているかも知れぬ。しかしひとたび筆を執って喧嘩する吾、煩悶す・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・氏の近作『三四郎』はこの筆法で往くつもりだとか聞いている。しかし云々」 小生はいまだかつて『三四郎』をズーデルマンの筆法で書くと云った覚えなし。誰かの話し違か、花袋君の聞違だろう。疎忽なものが花袋君の文を読むと、小生がズーデルマンの真似・・・ 夏目漱石 「田山花袋君に答う」
・・・左れば前に言う婦人の心得として経済法律云々も、所謂銀行者弁護士流の筆法を取て直に之を婦人に勧むるに非ず。在昔の武家の婦人が九寸五分の懐剣を懐中するに等しく、専ら自衛の嗜みなりと知る可し。一 若き時は夫の親類友達下部等の若男には打・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫