・・・難解の、――もっとも時間を節約するために、時には辞書を引いて見ずに教わりに出かけたこともない訣ではない。が、こう云う場合には粟野さんに対する礼儀上、当惑の風を装うことに全力を尽したのも事実である。粟野さんはいつも易やすと彼の疑問を解決した。・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ * 道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である。 * 妄に道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。妄に道徳に屈するものは臆病ものか怠けものである。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ その頃はもう事変が戦争になりかけていたので、電力節約のためであろうネオンの灯もなく眩しい光も表通りから消えてしまっていたが、華かさはなお残っており、自然その夜も――詳しくいえば昭和十五年七月九日の夜(といまなお記憶しているのは、その日・・・ 織田作之助 「世相」
・・・お辰は存分に材料を節約したから、祭の日通り掛りに見て、種吉は肩身の狭い想いをし、鎧の下を汗が走った。 よくよく貧乏したので、蝶子が小学校を卒えると、あわてて女中奉公に出した。俗に、河童横町の材木屋の主人から随分と良い条件で話があったので・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「炭はなるほど高価なったに違ないが宅で急にそれを節約するほどのことはなかろう」 真蔵は衣食台所元のことなど一切関係しないから何も知らないのである。「どうして兄様、十一月でさえ一月の炭の代がお米の代よりか余程上なんですもの。これか・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・薪を節約して、囲爐裏も焚かずに夜なべをしながら、おしかは夫の為吉をなじった。 おしかは、人間は学問をすると健康を害するというような固陋な考えを持っていた。清三が小学を卒業した時、身体が第一だから中学へなどやらずに、百姓をさして一家を立て・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・どうしても古代に溯りたいなら、せめてサイラスやアルタセルキセスなどは節約して、文化に貢献したアルキメーデス、プトレモイス、ヘロン、アポロニウスの事でも少し話してもらいたい。全課程を冒険者や流血者の行列にしないために発明家や発見家も入れてもら・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ この困難を避けるにはできるだけ言語を節約するという方針が生まれる、そうして字幕との妥協が講究される。 言葉の節約によって始めて発見されたおもしろい事実は、発声映画によって始めて完全に「沈黙」が表現されうるということであった。無声映・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ベーアはできるだけエネルギーを節約し貯蓄しておいて、稀有な有利の瞬間をねらいすまして一ぺんに有りったけの力を集注するという作戦計画と見られた。十回目あたりからベーアのつけていた注文の時機が到来したと見えて猛烈をきわめた連発的打撃に今までたく・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・それだからわれわれはもう少し充分にこれらの背景と環境とを見せてもらいたいのであるが、通例のフィルムではこれが惜しいように節約されている。そのためにせっかくのありがたい体験がややもすれば概念化される恐れがある。 フーヴァーの演説にしてもそ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫