・・・越後巫女は、水飴と荒物を売り、軒に草鞋を釣して、ここに姥塚を築くばかり、あとを留めたのであると聞く。 ――前略、当寺檀那、孫八どのより申上げ候。入院中流産なされ候御婦人は、いまは大方に快癒、鬱散のそとあるきも出来候との事、御安心下さ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・……長塚の工事は城を築くような騒ぎだぞ。」「まだ通れないのか、そうかなあ。」店の女房も立って出た。「来月半ばまで掛るんだとよう。」「いや、難有う。さあ引返しだ。……いやしくも温泉場において、お客を預る自動車屋ともあるものが、道路の交通、是非・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 現実の上に、真美の王国を築くことのできないものはこれを常に心の上で築くことである。芸術は、即ち、その表現である。恍洋たるロマンチシズムの世界には、何人も、強制を布くことを許さぬ。こゝでは、自由と美と正義が凱歌を奏している。我等は、文芸・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・自信を持つということは空中楼閣を築く如く愉快ではありませんか。ただそのために君は筆の先をとぎ僕はハサミを使い、そのときいささかの滞りもなく、僕も人を理解したと称します。法隆寺の塔を築いた大工はかこいをとり払う日まで建立の可能性を確信できなか・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・過去百年の間に築き上げられたこの大規模の基礎を離れて空中に楼閣を築く事は到底不可能なことである。しかし物理学の基礎的知識の正当な把握は少しの努力によって何人にでもできることであるから、それを手にした上で篤志の熱心なる研究者が、とらわれざる頭・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・ 高き室の正面に、石にて築く段は二級、半ばは厚き毛氈にて蔽う。段の上なる、大なる椅子に豊かに倚るがアーサーである。「繋ぐ日も、繋ぐ月もなきに」とギニヴィアは答うるが如く答えざるが如くもてなす。王を二尺左に離れて、床几の上に、纎き指を・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・「二世紀というものは権力に抗う人々が『自由意志』の怪しげな主義を築くために費された。更に二世紀というものは、自由意志の第一段の必然帰結たる信仰の自由の発達を促すために費された。我々の世紀はその第二段の必然帰結たる国民権を築こうと試みてい・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・この恐しい荒廃の中から、私共が新しい明日の生活を築くためにはしっかりと現実的に自分達人民が置かれた立場を把握しなければならないのである。 どの国でも、戦時は男子の労働力に代って、婦人の社会的勤労が極度に必要とされる。とりわけ、日本の・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・爺さんは生垣を指ざして、この辺は要塞が近いので石塀や煉瓦塀を築くことはやかましいが、表だけは立派にしたいと思って問い合わせてみたら、低い塀は築いても好いそうだから、その内都合をしてどうかしようと思っていると話した。 表通は中くらいの横町・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ 私の努力はそれと徹底的に戦って自己の生活を深く築くにある。私の心は日夜休むことがない。私は自分の内に醜く弱くまた悪いものを多量に認める。私は自己鍛錬によってこれらのものを焼き尽くさねばならぬ。しかし同時に私は自分の内に好いものをも認め・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫