・・・一はその布引より、一は都賀野村上野より、他は篠原よりす。峰の形峻厳崎嶇たりとぞ。しかも海を去ること一里ばかりに過ぎざるよし。漣の寄する渚に桜貝の敷妙も、雲高き夫人の御手の爪紅の影なるらむ。 伝え聞く、摩耶山とうりてんのうじ夫人堂の御像は・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・私はさっそく貸家を捜しまわっているうちに、盲腸炎を起し阿佐ヶ谷の篠原病院に収容された。膿が腹膜にこぼれていて、少し手おくれであった。入院は今年の四月四日のことである。中谷孝雄が見舞いに来た。日本浪曼派へはいろう、そのお土産として「道化の華」・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・もっと奥の温泉への登り口がどこかその辺の篠原の間についていた筈だが、見当もつかない。――いくら見ても見当のつかないのが悲しく歓ばしく、なほ子は、度々その方を見ては鋭い感情を味わった。暗い一生の思い出と結びついたものと思っていた自然が、こうも・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
出典:青空文庫