・・・ 彼のエイトキン夫人に与えたる書翰にいう「此夏中は開け放ちたる窓より聞ゆる物音に悩まされ候事一方ならず色々修繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井よ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・当然のことにして、又その家の貧富貴賤、その人の才不才徳不徳、その身の強弱、その容貌の醜美に至るまで、篤と吟味するは都て結婚の約束前に在り。裏に表に手を尽して吟味に吟味を重ね、双方共に是れならばと決断していよ/\結婚したる上は、家の貧乏などを・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・在昔大名高家の子供に心身暗弱の者多かりしも、貴婦人が子を産むを知て子を養育する法を忘れたるが故なり。篤と勘考す可き所のものなり。故に我輩は婦人の外出を妨げて之を止むるに非ず、寧ろ之を勧めて其活溌ならんことを願う者なれども、子供養育の天職を忘・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
劇場の廊下で知り合いになってからどう気が向いたものか肇はその時紹介して呉れた篤と一緒に度々千世子の処へ出掛けた。 千世子は斯うやってちょくちょく気まぐれに訪ねて来る青年に特別な注意は、はらわなか・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ こんな事を云って篤と顔を見合わせて微笑んだ。「御自分で? 御師匠さん処へ行らっしゃるんですか?「いいえ姉から習うんです。 いつでも千鳥の曲はいいと思ってます。「随分精しいんですねえ。 私琴は弾けないんで・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・殉死は国家の御制禁なる事、篤と承知候えども壮年の頃相役を討ちし某が死遅れ候迄なれば、御咎も無之かと存じ候。 某平生朋友等無之候えども、大徳寺清宕和尚は年来入懇に致しおり候えば、この遺書国許へ御遣わし下され候前に、御見せ下されたく、近郷の・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫