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・・・HはS村の伯父を尋ねに、Nさんはまた同じ村の籠屋へ庭鳥を伏せる籠を註文しにそれぞれ足を運んでいたのだった。 浜伝いにS村へ出る途は高い砂山の裾をまわり、ちょうど海水浴区域とは反対の方角に向っていた。海は勿論砂山に隠れ、浪の音もかすかにし・・・
芥川竜之介
「海のほとり」
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・・・片口は無いと見えて山形に五の字の描かれた一升徳利は火鉢の横に侍坐せしめられ、駕籠屋の腕と云っては時代違いの見立となれど、文身の様に雲竜などの模様がつぶつぶで記された型絵の燗徳利は女の左の手に、いずれ内部は磁器ぐすりのかかっていようという薄鍋・・・
幸田露伴
「貧乏」