・・・タガネが、岩の肌にめりこんで孔を穿って行くに従って、石の粉末が、空気に吹き出されて、そこら中いっぱいにほこりが立った。井村は鼻から口を手拭いでしばり、眼鏡をかけていた。黄色ッぽい長い湿った石のほこりは、長くのばした髪や、眉、まつげにいっぱい・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・翼の粉末が、折れた脚が、眼玉が、触角が、長い舌が、降るように落ちる。 食べたいものは、なんでも、と言われて、あずきかゆ、と答えた。老人が十八歳で始めて小説というものを書いたとき、臨終の老人が、あずきかゆ、を食べたいと呟くところの描写をな・・・ 太宰治 「逆行」
・・・コーヒー糖と称して角砂糖の内にひとつまみの粉末を封入したものが一般に愛用された時代であったが往々それはもう薬臭くかび臭い異様の物質に変質してしまっていた。 高等学校時代にも牛乳はふだん飲んでいたがコーヒーのようなぜいたく品は用いなかった・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・雨は飛散する玻璃の粉末の如く空間に漲って電光に輝く。熾烈な日光が更に其大玻璃器の破れ目に煌くかと想う白熱の電光が止まず閃いて、雷は鳴りに鳴って雨は降りに降った。そうしてからりと晴れた時、日はまだ西の山の上に休んで閉塞し困憊せる地上の総てを笑・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ビトンは目下、粉末しかなくて、これから先も錠剤等は出にくいそうです。ですからこれは駄目で「ユガマン」と言っていたのは、ペンさんが近藤で口をみて発音を聞いたところ「ユバモン」というのでした。オリザビトンの代りにはこれが一番よさそうです。一回一・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 田畑の面のはてしない広い処に太陽がゆったりと差して、黄金色の細かい細かい粉末が宙に入りみだれて舞って居る様に見えて居る。立木の陰、家の陰などは濃くたちこめた靄そのままの紫っぽい色がただようて、枯木の梢の太陽が四方に放散する。紅の輝きの・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫