・・・ 私がそれを信じ、それに遵おうと思わずにはいられない愛の理想的状態と、真実に反省して見出した愛の現状との間には、いかに粗雑な眼も、見逃すことは出来ない径庭が在るのです。至純な愛が発露した時、若しあらゆる具体的表現が、自分の愛する者にとっ・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
雑信 C先生――。 其後は大変御無沙汰致して仕舞いました。東京も、さぞ暑くなった事でございましょう。白い塵のポカポカ立つ、粗雑なペンキ塗の目に痛く反射する其処いらの路を想像致します。御丈夫でいらっ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・なるほど、おさない、といえるところはあるかもしれないけれども、それは現実を見る眼、現実を感じる心の粗雑さを意味しているでしょうか。私はそう思いません。町工場につとめる若い勤労者としての主人公をとおして作者が社会を感じている人間としての感覚は・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・という言葉の、しごく粗雑な理解が、民主主義文学運動をこんらんさせないものでもない。『文化革命』第二号をよんだひとは、この注目が、根拠をもたないものではないことを理解されるだろう。わたしたちは、自分たちの運動そのものも発展的なリアリズムでつか・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・ 深く、暗く、鬱蒼として茂りに茂っている森は、次第次第に開けるにつれて粗雑にばかりなって来た町に、まったく唯一の尊い太古の遺物であった。 すべてがここでは幸福であった。 たくさんの鳥共も、這いまわる小虫等も、また春から秋にかけて・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 万葉の芸術家たちの心を、私は自分の粗雑な理解ながら親しみぶかく感じて読んで来た。万葉の芸術には、高貴な方の作品もあり、奴隷的な防人の悲歌もある。万葉の時代は、日本の民族形成の過程であり、奴隷経済の時代であり物々交換時代であり、現実に今・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・素朴な心は解釈において単純であり、省察において粗雑である。しかしその本能的な直覚においては内生の雑駁な統一の力の弱い文明人よりはるかに鋭いのである。恐らく美に対するその全存在的な感激において、当時の我々の祖先はその後のどの時代の子孫よりも優・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・しかし彼らもまた常識的な粗雑な眼をもって見た「自然」以上に何ものも知らないではないか。彼らはただ「多くの場合」「多くの出来事」「多くの人間」を知っている。あるいは外景、室内、容貌、表情などに関する詳細な注意や記憶を持っている。これらも確かに・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・しかるにこの眼は、そういう形づけを受けず、そばで見れば粗雑に裏までくり抜いた空洞の穴に過ぎないのであるが遠のけば遠のくほどその粗雑さが見えなくなり、魂の窓としての眼の働きが表面へ出てくる。それが異様な生気を現わしてくるゆえんなのである。眼に・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
・・・について適切な評論をなし得ようとは思っていなかったから、これくらいで筆を擱きたい。 先生の芸術についてはなお論ずべき事が多い。私は先生が「何を描こうとしたか」について粗雑な手をちょっと触れたのみで、「いかに描いたか」の問題には全然触れな・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫