・・・―― 粧飾す時に、薄らと裸体に巻く宝ものの美い衣服だよ。これは……」「うむ、天の恵は洪大じゃ。茸にもさて、被るものをお授けなさるじゃな。」「違うよ。――お姫様の、めしものを持て――侍女がそう言うだよ。」「何じゃ、待女とは。」・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・文房粧飾というようなそんな問題には極めて無頓着であって、或る時そんな咄が出た時、「百万両も儲かったら眼の玉の飛出るような立派な書斎を作るサ、」と事もなげに呵々と笑った。 衣服にもやはり無頓着であった。煙草が好きで、いつでも煙管の羅宇の破・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ これも別の事であるが流行あるいは最新流行という衣装や粧飾品はむしろきわめて少数の人しか着けていない事を意味する。これも考えてみると妙な事である。新しい思想や学説でも、それが多少広く世間に行き渡るころにはもう「流行」はしない事になる。・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・翌日この劇場前を通ったら、なるほど、すべての入り口が閉鎖され平生のにぎやかな粧飾が全部取り払われて、そうして中央の入り口の前に「場内改築並びに整理のために臨時休業」という立て札が立っている。 近傍一帯が急にさびれて見えた。隣の東京朝日新・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・その窓の前に粧飾のない卓が一つ置いてある。窓に向き合った壁と、その両翼になっているところとに本箱がある。 久保田はしばらく立って、本の背革の文字を読んでいた。わざと揃えたよりは、偶然集まったと思われる collection である。ロダ・・・ 森鴎外 「花子」
・・・りでもなくて、曲りくねッたさも悪徒らしい古木の洞穴には梟があの怖らしい両眼で月を睨みながら宿鳥を引き裂いて生血をぽたぽた…… 崖下にある一構えの第宅は郷士の住処と見え、よほど古びてはいるが、骨太く粧飾少く、夕顔の干物を衣物とした小柴垣が・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫