・・・醜くあせって全精力つかいはたして、こんなに疲れてしまっているが、けれども、私は選手だ。勝たなければ生きて行けない単純な選手だ。誰か、この見込みの少い選手のために、声援を与える高邁の士はいないか。 おととしあたり、私は私の生涯にプンクトを・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・額の狭い、眼のくぼんだ、口の大きい、いかにも精力的な顔をしていた。風間という勅選議員の甥だそうだが、あてにならない。ほとんど職業的な悪漢である。言う事が、うまい。「チルチルもうそろそろ足を洗ったらどうだ。鶴見画伯のお坊ちゃんが、こんな工・・・ 太宰治 「花火」
ある科学者で、勇猛に仕事をする精力家としてまた学界を圧迫する権威者として有名な人がある若いモダーンなお弟子に「映画なんか見ると頭が柔らかくなるからいかん」と言って訓戒したそうである。この「頭が柔らかくなる」というのはもちろ・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・またある精力家努力家で聞えた医者で患者を診察しながら絶えず奥歯を噛み合わせる人がある。昔から「歯噛みをなして」というのは腹を立てた人の形容ということに相場がきまっているくらいである。ともかくものんびりした気持やぽかんとした気持と、この歯噛み・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・それにもかかわらず、先生が十年の歳月と、十年の精力と、同じく十年の忍耐を傾け尽して、悉くこれをこの一書の中に注ぎ込んだ過去の苦心談は、先生の愛弟子山県五十雄君から精しく聞いて知っている。先生は稿を起すに当って、殆んどあらゆる国語で出版された・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・―― 彼は、最後の精力を眼に集めた。が、魂の窓は開かなかった。魂は丁度睫毛のところまで出ていたのだ。 卵に神経があるのだったら、彼は茹でられている卵だった。 鍋の中で、ビチビチ撥ね疲れた鰌だった。 白くなった眼に何が見えるか・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ 武者小路氏はルオウの画がすきで、この画家が何処までも自分というものを横溢させてゆく精力を愛している。そういう主観の肯定が日本の地味と武者小路氏という血肉とを濾して、今日どういうものと成って来ているか。 そこには『白樺』がもたらした・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・じっと心を守り、余分な精力と注意は一滴も他に浪費しないように、念を入れ心をあつめて、ペンならペン、絵筆なら絵筆を執るべきでしょう。 恋愛に対してもそうであろうと思われます。決して卑しく求むべきではないし、最上とか何とか先入的な価値の概念・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・たとえ仕事に全精力を集中する時でも「人」としてふるまうことを忘れてはならない。それができないのは弱いからです。愛が足りないからです。 私は自分の仕事のために愛する者の生活をいくらかでも犠牲にすることを恥じます。この犠牲を甘んじて受けるの・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ちょうど肉体の成長がその絶頂に達するころで、余裕のできた精力は潮のように精神的成長の方へ押し寄せて来るのです。で、この時期に萌えいでた芽はたとえそれが生活の中心へ来なくても、一生その意義を失わないものだと聞きました。たとえば芸術家の晩年の傑・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫