・・・一行は穂高山と槍ヶ岳との間に途を失い、かつ過日の暴風雨に天幕糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。然るにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっていた渓谷に現れ、あたかも案内をするように、先へ立って歩き出した。一行はこの犬の後に従い、・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・食糧箱の表面は一面に柔らかい凝霜でおおわれていて、見ただけではどれがなんだかわからないが、糧食係の男は造作もなく目的の箱を見いだして、表面の凝霜をかきのけてからふたを開き中味を取り出す。この廊下一面の凝霜の少なくも一部分は、隊員四十余名の口・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ところが、その三原山行きの糧食としてN先生が青木堂で買って持って行ったバン・フーテンのココア、それからプチ・ポアの罐詰やコーンド・ビーフのことを思い出したので、やっとそれが明治四十二年すなわち自分の外国留学よりは以前のことであって帰朝後では・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・左隊右壁に沿い足踏み曹長特務曹長(互に進み寄り足踏みつつ唱「糧食はなし 四月の寒さストマクウオッチももうめちゃめちゃだ。」合唱「どうしたのだろう、バナナン大将もう一遍だけ 見て来よう。・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・金沢迄無事に行くことは行ったが、駅に下ると、金沢の十五連隊の兵、電線工夫等が大勢、他、救済者が、皆糧食を背負い、草鞋バキ、殺気立った有様でつめかけて居る。急行は何方につくのかときいて見ると、ブリッジを渡った彼方だと云う。A、バスケット、かん・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 良心の疚しさを、種々な自他の慣習的弁護で云い繕いながら、粗野な言葉を許されれば、幾十人の女がしたように、糧食と交換に「女性」を提供する、「気」にならずにはすむ訳です。 口実を許す「実際的必要」がなくなれば、口実によって人格を無視す・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
出典:青空文庫