・・・そうして、それが、紀元千二百八十八年になって、始めて人を化かすようになった。――こう云うと、一見甚だ唐突の観があるように思われるかも知れない。が、それは恐らく、こんな事から始まったのであろう。―― その頃、陸奥の汐汲みの娘が、同じ村の汐・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元を劃し、アンデルセンを出して近世お伽話の元祖たらしめ、キェルケゴールを出して無教会主義のキリスト教を世界に唱えしめしデンマークは、実に柔和なる牝牛の産をもって立つ小にして静かなる国であります。・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
きょうの日記は特別に、ていねいに書いて置きましょう。昭和十六年の十二月八日には日本のまずしい家庭の主婦は、どんな一日を送ったか、ちょっと書いて置きましょう。もう百年ほど経って日本が紀元二千七百年の美しいお祝いをしている頃に・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ 中川紀元。 いつも、もっとずっと縮めたらいいと思われる絵を、どうしてああ大きく引き延ばさなければならないかが私にはわからない。誇張の気分を少し減らすとおもしろいところもないではないが。 坂本繁次郎。 おもしろいと言えばおもしろいが・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なもの・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・ 中川紀元氏の今年の裸体は去年のほどおぞましく恐ろしくはない。わざとらしさが少しけ抜けたせいか、それとも此方の眼が少し教育されて来たせいかもしれない。しかしこういう絵には、そういつまでも同じようなものを描き続け得られないだろうと思わ・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・ 中川紀元氏の裸体画を見ていると、何だかある甲虫を聯想するが、何だという事が、はっきり思い出せない。この聯想はあるいは主としてあの女の右の足から来るのかもしれない。この絵などが、自分にはあまり楽しめない方の部類に属する。 展・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・天明以後絵画にわかに勃興して美術史に一紀元を与えたることにつきて、蕪村もまた多少の原因をなさざりしにはあらざるも、その影響はきわめて微弱にして、彼が俳句界における関係と同日に論ずべきにあらず。 天明は狂歌盛んに行われ、黄表紙ようやく勢い・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
先達て「リビヤ白騎隊」というイタリー映画の試写を観る機会を得た。原作はフランスのジョセフ・ペイレのゴンクール受賞作品だそうで、ファッショ紀元十五年度のムッソリーニ賞杯獲得映画である。筋は単純なものである。クリスチアーナとい・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ これからの一年はまさしく十年に相当するばかりでなく、その飛躍の質では、紀元二千六百年の日本にして初めて経験する社会生活の諸相であろうと思う。 文学は、その現実にどこまでしっかりとくッついて、その真の姿を描き出して行き得るであろうか・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
出典:青空文庫