・・・勿論私の入智慧、というほどのたいしたことではないけれど、しかしそんな些細なことすら放って置けばあの人は気がつかず、紙質、活字の指定、見本刷りの校正まで私が眼を通した。それから間もなく私は、さきに書いたような、金銭に関するあの人の悪い癖を聞い・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・そして自身でも試みて字を変え紙質を変えたりしたら面白そうだと云いました。また手加減が窮屈になったりすると音が変る。それを「声がわり」だと云って笑ったりしました。家族の中でも誰の声らしいと云いますから末の弟の声だろうと云ったのに関聯してです。・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ とにかく、その突然の変化の起こったのは浜口内閣の緊縮政策の高潮に達したころであったので、この政策と切符の紙質の変化とになんらかの連関がありはしないかと考えてみたことがあった。 事実はとにかく、このような連関は鉄道省とそれを統率する・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・当節の文学雑誌の紙質の粗悪に植字の誤り多く、体裁の卑俗な事も、単に経済的事情のためとのみはいわれまい……。 閑話休題。妾宅の台所にてはお妾が心づくしの手料理白魚の雲丹焼が出来上り、それからお取り膳の差しつ押えつ、まことにお浦山吹きの一場・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・同じやうに我等の書物に於ける装幀――それは内容の思想を感覚上の趣味によつて象徴し、色や、影や、気分や、紙質やの趣き深き暗示により、彼の敏感の読者にまで直接「思想の情感」を直覚させるであらうところの装幀――に関して、多少の行き届いた良心と智慧・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・それを使って安心していたら、去年の煙草値上げ前後から紙質が急に悪くなった。元のと比べて見ると、枠の横もつまり、余白もせまくなり、判全体がほんのすこしずつ縮んでいる。私はいやな気がした。盛文堂では、この頃売込んだので質を悪くしたと思った。その・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・そして商売の上では、価のある紙質や書類をよりわける。向高は、春桃をどうしても女房や、と呼びたい。そして、実際にそう呼ぶ。けれども春桃はその度毎に、「女房、女房って、そう呼んじゃいけないって云ってるじゃないか、ええ?」と、うけつけないのであっ・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 一つの国で、紙の色が段々すっきりしなくなって来て紙質も低下して来たような時期に、どんな内容の本を出して来ているかということが、殆ど例外なくその国の進展の十年二十年さきを予言しているように思われるのが、世界の歴史の実情である。紙のわ・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
・・・その本は、手ちがいのために、ひどく紙質も粗悪であったし、頁のくみちがえもあった。書籍として愛しにくい本になった。 この苦痛は読者の側にもあって、いろいろ要求があった。そこへこのたび近代思想社から文芸評論集編纂の話が出て、解放社の『歌声よ・・・ 宮本百合子 「はしがき(『文芸評論集』)」
出典:青空文庫