・・・一番目の同じようなシーンでは観客はまだそこに現われる群集の一人一人の素性について何も知らなかったのであるが、この二度目の同じ場面では一人一人の来歴、またその一人一人がアルベールならびに連れ立った可憐のポーラに対する交渉がちゃんとわかっている・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・三人はいかなる身分と素性と性格を有する? それも分らぬ。三人の言語動作を通じて一貫した事件が発展せぬ? 人生を書いたので小説をかいたのでないから仕方がない。なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・が、平和が調印され、学生と云うので早く兵籍から放たれた二十歳のハフは、ロンドンに帰ると学業などはそっちのけで素姓もわからない喫茶店の給仕女と結婚し、悪い仲間に誘われて、曖昧至極な会社を作り、家へなどはよりつきもしません。 遂にそのことか・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・彼は素姓のあまりはっきりしない男であるが、応仁の乱のまだ収まらないころであったか、あるいは乱後であったかに、上方から一介の浪人として、今川氏のところへ流れて来ていた。ちょうどそのころに今川氏に内訌が起こり、外からの干渉をも受けそうになってい・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫