・・・が仕上ったところからはじまるべきで、体験談を素材にして「灰色の月」という小品が出来上ったことは、小説の完成を意味しないのだ。いわば「灰色の月」という小品を素材にして、小説が作られて行くべきで、日本の伝統的小説の約束は、この小説に於ける少年工・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・現在眼の前の海なんてものはそれに比べたらラフな素材にしか過ぎない。ただ地図を見てではこんな空想は浮かばないから、必要欠くべからざるという功績だけはあるが……多分そんな趣旨だったね。ご高説だったが……「――君は僕の気を悪くしようと思ってい・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・また、記録的素材だけによっては生れない。このことは水野広徳の「此一戦」についても云われるだろう。第五章 結語、西欧の戦争文学との比較、戦争文学の困難 以上のほか、武者小路実篤の「或る青年の夢」、芥川龍之介の「将軍」のもっと詳・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・それに、この原作は、第二回に於いて、くわしく申して置きましたように、原作者の肉体疲労のせいか、たいへん投げやりの点が多く、単に素材をほうり出したという感じで、私の考えている「小説」というものとは、甚だ遠いのであります。もっとも、このごろ日本・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・芸術家の素材となりその表現の資料となるものはわれわれの日常の眼前にころがっている。その中から何を発見してつまみ上げるかが第一歩の問題であり、第二は表現法の選み方である。映画芸術家の場合でも全く同様であって、一つの映画の価値を決定するものは全・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・金相学上の顕微鏡写真帳も、そういうスケールを作るための素材の堆積であるとも言われよう、もし、あの複雑な模様を調和分析にかけた上で、これにさらに統計的分析を加えれば、系統的な分類に基づくスケールを設定することも、少なくも原理的には可能である。・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・隙間なく密生しても活力を失わないという特徴があるために垣根の適当な素材として選ばれたのであろう。あれは何月頃であろうか。とにかくうすら寒い時候に可愛らしい筍をにょきにょきと簇生させる。引抜くと、きゅうっきゅうっと小気味の好い音を出す。軟らか・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ ある哲学者が多年の間にたくさんの文献を渉猟して収集し蓄積した素材の団塊から自身の独創的体系を構成する場合があるであろう。科学者でも同様な場合があるであろう。そういう場合に寄り集まった材料が互いに別々な畑から寄せ集められたものである以上・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・勿論これらの記事はどこまでが事実でどこからが西鶴の創作であるかは不明であるが、いずれにしてもこれらの素材の取扱い方に著者の心理分析的な傾向を認めても不都合はないはずであろうと思われる。 これらの心理的写実を馬琴や近松のそれと比べてみると・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ はき物でさえ、そうしてはき物の大きさや素材のこんな些細な変化でさえ、新しいものに適応するということの難儀さかげんがこれほどまでに感じられるのである。過去の世界で育ち過去の思想で固まった年寄りの自分らが、新しい世界を歩き、新しい思想に慣・・・ 寺田寅彦 「試験管」
出典:青空文庫