・・・ 十日を措かず、町内の娘が一人、白昼、素裸になって格子から抜けて出た。門から手招きする杢若の、あの、宝玉の錦が欲しいのであった。余りの事に、これは親さえ組留められず、あれあれと追う間に、番太郎へ飛込んだ。 市の町々から、やがて、木蓮・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・……あの戸口には、羽衣を奪われた素裸の天女が、手鍋を提げて、その男のために苦労しそうにさえ思われた。「これなる松にうつくしき衣掛れり、寄りて見れば色香妙にして……」 と謡っている。木納屋の傍は菜畑で、真中に朱を輝かした柿の樹・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・……これは、一つ、亭主が素裸に相成りましょう。それならばお心安い。」 きびらを剥いで、すっぱりと脱ぎ放した。畚褌の肥大裸体で、「それ、貴方。……お脱ぎなすって。」 と毛むくじゃらの大胡座を掻く。 呆気に取られて立すくむと、・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ かなぐり脱いだ法衣を投げると、素裸の坊主が、馬に、ひたと添い、紺碧なる巌の聳つ崕を、翡翠の階子を乗るように、貴女は馬上にひらりと飛ぶと、天か、地か、渺茫たる広野の中をタタタタと蹄の音響。 蹄を流れて雲が漲る。…… 身を投じた紫・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・が、いずれも葉を振るって、素裸の山神のごとき装いだったことは言うまでもない。 午後三時ごろであったろう。枝に梢に、雪の咲くのを、炬燵で斜違いに、くの字になって――いい婦だとお目に掛けたい。 肱掛窓を覗くと、池の向うの椿の下に料理番が・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・褌一筋だって、肌に着けてちゃ、螫られて睡られやしない、素裸でなくっちゃ……」 なるほど、そう言われて気をつけて見ると、誰も誰も皆裸で布団に裹まって、木枕の間から素肌が見えている。私も帯を解いて着物を脱いだ。よほど痒みも少なくて凌ぎよい。・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 一糸もまとわぬ素裸の娘が、いきなり小沢の眼の前に飛び出して来たのである。 雨に濡れているので、裸の白さが一層なまなましい。 小沢ははっと眼をそらした。同時に、娘も急に身をすくめて、しゃがもうとした。 が、再び視線があった時・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ その剣は、豚を突殺すのに使ったり、素裸体に羽毛をむしり取った鵞鳥の胸をたち割るのに使って錆させたのだ。血に染った剣はふいても、ふいてもすぐ錆が来た。それを彼等は、土でこすって研ぐのだった。 栗本は剣身の歪んだ剣を持っていた。彼は銃・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・バイカル湖の方から来る風に、雪を含んだ雲が吹き払われて、太陽が遠い空に素裸体になっていた。彼等は、今、気がねをすべき何者もなかった。何者にもとらわれることはいらなかった。鬱憤とした思想と感情は、それを慰める手段を取るのが自分達に当然だと考え・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ ……二人は雪の中で素裸体にされて立たせられた。二人は、自分達が、もうすぐ射殺されることを覚った。二三の若者は、ぬがした軍服のポケットをいち/\さぐっていた。他の二人の若者は、銃を持って、少し距った向うへ行きかけた。 吉田は、あいつ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
出典:青空文庫