・・・冠の底を二重にめぐる一疋の蛇は黄金の鱗を細かに身に刻んで、擡げたる頭には青玉の眼を嵌めてある。「わが冠の肉に喰い入るばかり焼けて、頭の上に衣擦る如き音を聞くとき、この黄金の蛇はわが髪を繞りて動き出す。頭は君の方へ、尾はわが胸のあたりに。・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・次第でいろいろな意味にもなりまたむずかしくもなりますが要するに前申したごとく活力の示現とか進行とか持続とか評するよりほかに致し方のない者である以上、この活力が外界の刺戟に対してどう反応するかという点を細かに観察すればそれで吾人人類の生活状態・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・この他なお細かに吟味せば、蓄妾淫奔・遊冶放蕩、口にいい紙に記すに忍びざるの事情あらん。この一家の醜体を現に子供に示して、明らかにこれに傚えと口に唱えざるも、その実は無辜の小児を勧めて醜体に導くものなり。これを譬えば、毒物を以て直にこれを口に・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ここに文字の義を細かに論ぜずして民間普通の語を用うれば、天下泰平・家内安全、すなわちこれなり。今この語の二字を取りて、かりにこれを平安の主義と名づく。人として平安を好むは、これをその天性というべきか、はた習慣というべきか。余は宗教の天然説を・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・一、二の例をいうて見ると、山水の景勝を書くのを目的としたものや、地理地形を書くことを目的としたものや、風俗習慣を書くことを目的としたものや、あるいはその地の政治経済教育の有様より物産に至るまで細かに記する事を目的としたもの、あるいは個人的に・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと云いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮んでいるのです。つまりは私どもも天の川・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・その細かな火山灰が正しく上層の気流に混じて地球を包囲しているな。けれどもそれだからと云って我輩のこの追跡には害にならない。もうこの足あとの終るところにあの途方もない爬虫の骨がころがってるんだ。我輩はその地点を記録する。もう一足だぞ。」大・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・変化物語、なかなか日本の土俗史的考証が細かで、一寸秋成じみた着想もあり、面白かった。 九時過Nさんと自動車で、自分林町へ廻る。離れにKと寝る。いろいろ話し、若い男がひとの妻君に対する心持など、感ずるところが多かった。 ――自分の妻君・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・しかし細かにこの男の心中に立ち入ってみると、自分の発意で殉死しなくてはならぬという心持ちのかたわら、人が自分を殉死するはずのものだと思っているに違いないから、自分は殉死を余儀なくせられていると、人にすがって死の方向へ進んでいくような心持ちが・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・都会育ちの先生が、よくもこれほど細かに、濃淡の幽かな変化までも見のがさずに、山や野や田園の風物を捉えられたものだと思う。わたくしは農村に生まれて、この歌集に歌われているような風物のなかで育ったものであるが、幼いころに心に烙きついたまま忘れる・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫