・・・、明るくして、しかもなんとなくすさまじく侵すべからざるごとき観あるところの外科室の中央に据えられたる、手術台なる伯爵夫人は、純潔なる白衣を絡いて、死骸のごとく横たわれる、顔の色あくまで白く、鼻高く、頤細りて手足は綾羅にだも堪えざるべし。脣の・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ と熟と瞻る、とここの蝋燭が真直に、細りと灯が据った。「寂然としておりますので、尋常のじゃない、と何となくその暗い灯に、白い影があるらしく見えました。 これは、下谷の、これは虎の門の、飛んで雑司ヶ谷のだ、いや、つい大木戸のだと申・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・黒繻子の襟のかかった縞の小袖に、ちっとすき切れのあるばかり、空色の絹のおなじ襟のかかった筒袖を、帯も見えないくらい引合せて、細りと着ていました。 その姿で手をつきました。ああ、うつくしい白い指、結立ての品のいい円髷の、情らしい柔順な髱の・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・頬のあたり太く細りぬ。真白うて玉なす顔、両の瞼に血の色染めて、うつくしさ、気高さは見まさりたれど、あまりおもかげのかわりたれば、予は坐りもやらで、襖の此方に彳みつつ、みまもりてそれをミリヤアドと思う胸はまずふたがりぬ。「さ、」 と座・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・それでも、どこかひけめのある身の、縞のおめしも、一層なよやかに、羽織の肩も細りとして、抱込んでやりたいほど、いとしらしい風俗である。けれども家業柄――家業は、土地の東の廓で――近頃は酒場か、カフェーの経営だと、話すのに幅が利くが、困った事に・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ここらは甲斐絹裏を正札附、ずらりと並べて、正面左右の棚には袖裏の細り赤く見えるのから、浅葱の附紐の着いたのまで、ぎっしりと積上げて、小さな円髷に結った、顔の四角な、肩の肥った、きかぬ気らしい上さんの、黒天鵝絨の襟巻したのが、同じ色の腕までの・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・が、外套が外へ出た、あとを、しめざまに細りと見送る処を、外套が振返って、頬ずりをしようとすると、あれ人が見る、島田を揺って、おくれ毛とともに背いたけれども、弱々となって顔を寄せた。 これを見た治兵衛はどうする。血は火のごとく鱗を立てて、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・撫子 この細りした、(一輪を指絹糸のような白いのは、これは、何と云う名の菊なんですえ。りく 何ですか、あの……糸咲々々ってお父さんがそう云いますよ。撫子 ああ、糸咲……の白菊……そうですか。りく そして、あのその撫子はお活け・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ と云う、顔の窶れ、手足の細り、たゆげな息使い、小宮山の目にも、秋の蝶の日に当ったら消えそうに見えまして、「死ぬのはちっとも厭いませぬけれども、晩にまた酷い目に逢うのかと、毎日々々それを待っているのが辛くってなりません。貴方お察し遊・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ と思うと、袖を斜めに、ちょっと隠れた状に、一帆の方へ蛇目傘ながら細りした背を見せて、そこの絵草紙屋の店を覗めた。けばけばしく彩った種々の千代紙が、染むがごとく雨に縺れて、中でも紅が来て、女の瞼をほんのりとさせたのである。 今度は、・・・ 泉鏡花 「妖術」
出典:青空文庫