・・・ あの人は、かねがね私の醜い容貌を、とても細心にかばってくれて、私の顔の数々の可笑しい欠点、――冗談にも、おっしゃるようなことは無く、ほんとうに露ほども、私の顔を笑わず、それこそ日本晴れのように澄んで、余念ない様子をなさって、「いい・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・お茶の席に於いて大いなるへまを演じ、先生に叱咤せられたりなどする事のないように、細心に独習研鑽して置かなければならぬ。 まず招待を受けた時には、すぐさま招待の御礼を言上しなければならぬ。これは、会主のお宅へ参上してお礼を申し上げるのが本・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・はその伝記の中で、どのような三面記事をも作ってはいけない。 追記。文芸冊子「散文」十月号所載山岸外史の「デカダン論」は細心鏤刻の文章にして、よきものに触れたき者は、これを読め。「衰運」におくる言葉 ひややか・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・の発生を見るに到りはしないかという心配の種が芽を出すことである。細心にして潔癖なる審査員達は「濫授」「濫造」の声に対して敏感ならざるを得ないのである。授与過剰の物議よりは、まだしも授与過少の不平の方が耳触わりの痛さにおいて多少の差等があるの・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・その中にぎっしり色々の品物をつめ込んであった。細心の工夫によってやっとうまく詰め合わせたものを引っくら返されたのであるから、再び詰めるのがなかなか大変であった。これが自分の室内ならとにかく、税関の広い土間の真中で衆人環視のうちにやるのである・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・ 学者の中には、二つの国語の間の少数な語彙の近似から、大胆に二つのものの因果関係を帰納せんとする人もあるようであり、また一方においてあまりに細心で潔癖なために、暗合の悪戯に欺かれる事を恐れてこの種の比較に面迫することを回避する人もあるか・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・しかしそれらさまざまの外見をとって起る事件が、部落民の世界観をいかにかえつつあるかという大切な要因については、その重大さに必要なだけ細心で執拗な関心を払っていない。 作家は「悲劇が来た」と報じている。馬をとられた三次の女房の発狂にしろ、・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・団体行動の流行は、一人一人の人間としての向上に細かい目を向けないで、ただそこへくっついていさえすればいいのだからという逃避の無責任さを、一層細心にとりのぞいて行かなければなるまい。 若い娘たちの行進の美しさと心をたかめる力は、そこに肉体・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・ 革命的なプロレタリアートの不屈な意志と細心な努力とが日常生活の実際を貫いて、意識のおくれた勤労者たちの階級的行動に日光が植物に作用するような影響を与えている。 五ヵ年計画実現の或る政策、特に集団農場化のような場合、はじめはグズグズ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・或時は同性の心易さからの無関心――無邪気な放心であり、或時には微妙な、宛然流れ混る雲のように微妙な、細心な uneasy から、無関心に遁げる場合もございましょう。其に、如何うしても、生活範囲が或一区画に限られ勝でございますから、刺戟の少い・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫