・・・ ――街の剃頭店主人、何小二なる者は、日清戦争に出征して、屡々勲功を顕したる勇士なれど、凱旋後とかく素行修らず、酒と女とに身を持崩していたが、去る――日、某酒楼にて飲み仲間の誰彼と口論し、遂に掴み合いの喧嘩となりたる末、頸部に重傷を負い・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・彼れは遂に馬力の上に酔い倒れた。物慣れた馬は凸凹の山道を上手に拾いながら歩いて行った。馬車はかしいだり跳ねたりした。その中で彼れは快い夢に入ったり、面白い現に出たりした。 仁右衛門はふと熟睡から破られて眼をさました。その眼にはすぐ川森爺・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そこでこわごわあちこち歩いた末に、往来の人に打突ったり、垣などに打突ったりして、遂には村はずれまで行って、何処かの空地に逃げ込むより外はない。人の目にかからぬ木立の間を索めて身に受けた創を調べ、この寂しい処で、人を怖れる心と、人を憎む心とを・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・一時などは椽側に何だか解らぬが動物の足跡が付いているが、それなんぞしらべて丁度障子の一小間の間を出入するほどな動物だろうという事だけは推測出来たが、誰しも、遂にその姿を発見したものはない。終には洋燈を戸棚へ入れるというような、危険千万な事に・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・ 遂にその夜も豪雨は降りとおした。実に二夜と一日、三十六時間の豪雨はいかなる結果を来すべきか。翌日は晃々と日が照った。水は少しずつ増しているけれど、牛の足へもまだ水はつかなかった。避難の二席にもまだ五、六寸の余裕はあった。新聞紙は諸方面・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・その中で左に右く画家として門戸を張るだけの技倆がありながら画名を売るを欲しないで、終に一回の書画会をだも開かなかったというは市井町人の似而非風流の売名を屑しとしない椿岳の見識であろう。富有な旦那の冥利として他人の書画会のためには千円からの金・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・半途でそれを救うとしたならば、その人間は終に行く所まで行かずして仕舞う。凡ての窮局によって人間は初めてある信仰に入る。自ら眼覚める。今の世の中の博愛とか、慈善とかいうものは、他人が生活に苦しみ、また境遇に苦しんでいる好い加減の処でそれを救い・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・と後を振返って見ると、出水どころか、道もからからに乾いて、橋の上も、平時と少しも変りがない、おやッ、こいつは一番やられたわいと、手にした折詰を見ると、こは如何に、底は何時しかとれて、内はからんからん、遂に大笑いをして、それからまた師匠の家へ・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・そしてある日、遂に地蔵の胸に水を掛け水を掛け、たわしで洗い洗いしている洋装の女を見つけた。ふと顔を見ると、それが「亀さん」だったのである。 父親のこのみで彼女はむかし絶対に洋装をしなかったのであるが、いまは夏であるから彼女も洋装していた・・・ 織田作之助 「大阪発見」
彼は永年病魔と闘いました。何とかしてその病魔を征服しようと努力しました。私も又彼を助けて、共にその病魔を斃そうと勉めましたが、遂に最後の止めを刺されたのであります。 本年二月二十六日の事です。何だか身体の具合が平常と違・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫