・・・ 紅い血のしたたるような苺が、終わりに運ばれた。私はそんな苺を味わったことがなかった。 私たちはそこを出てから、さらに明石の方へ向かったが、そこは前の二つに比べて一番汚なかった。淡路へわたる船を捜したけれど、なかった。私たちは明石の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・星明かなる夜最後の一ぷくをのみ終りたる後、彼が空を仰いで「嗚呼余が最後に汝を見るの時は瞬刻の後ならん。全能の神が造れる無辺大の劇場、眼に入る無限、手に触るる無限、これもまた我が眉目を掠めて去らん。しかして余はついにそを見るを得ざらん。わが力・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・といわれたのがその極意を示したものであろう。終りに宗祖その人の人格について見ても、かの日蓮上人が意気冲天、他宗を罵倒し、北条氏を目して、小島の主らが云々と壮語せしに比べて、吉水一門の奇禍に連り北国の隅に流されながら、もし我配所に赴かずんば何・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・が、まだ完全には眠ってしまわないで、夢の初めか、現の終わりかの幻を見ていると、フト彼の顔の辺りに何かを感じた。彼の鋭くとがった神経は針でも通されたように、彼を冷たい沼の水のような現実に立ち返らせた。が、彼は盗棒に忍び込まれた娘のように、本能・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・一、学問の順序は、必ずしもこの一科を終りて次に移るにあらず、二科も三科も同時に学ぶべし。一、漢字を知らざれば、原書を訳するにも訳書をよむにも、差支多し。ゆえに、最初エビシを学ぶときより、我が、いろはを習い、次第に仮名本を読み、ようや・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・などように終りに置くべし。下二句の言い様も俗なり。赤賤家這入せばめて物ううる畑のめぐりのほほづきの色 この歌は酸漿を主として詠みし歌なれば一、二、三、四の句皆一気呵成的にものせざるべからず。しかるにこの歌の上半は・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・なぜならそこは第三紀と呼ばれる地質時代の終り頃、たしかにたびたび海の渚だったからでした。その証拠には、第一にその泥岩は、東の北上山地のへりから、西の中央分水嶺の麓まで、一枚の板のようになってずうっとひろがっていました。ただその大部分がその上・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ アア私の終りの日がとうとう参りましたワ、お主さまのところへも参れません、アアほんとうに終りの日が参ったんでございますワ。 私は恥うございます。身をひるがえしてかけ出す。ペーンもすぐそのあとを追う。精女 お許し下さいませ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・そして、終りに精神科の医者の記者に云うには、「まア、こんな患者は、今は珍らしいことではありません。人間が十人集れば、一人ぐらいは、狂人が混じっていると思っても、宜しいでしょう。」「そうすると、今の日本には、少しおかしいのが、五百万人・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ですが僕はこんなに気楽には見えてもあのように終りまで心にかけて、僕のようなものの行末を案じて下すった奥さまに対して、是非清い勇ましい人物にならなくッてはならないと、始終考えているんです。・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫