・・・それが悲劇の終局であった。人間の死と変りない、刻薄な悲劇の終局であった。――一瞬の後、蜂は紅い庚申薔薇の底に、嘴を伸ばしたまま横わっていた。翅も脚もことごとく、香の高い花粉にまぶされながら、………… 雌蜘蛛はじっと身じろぎもせず、静に蜂・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・一つの比論をとれば、物理的真理において、真理そのものを万物の真相は如何という意味にとれば現在の科学は終局的な解答を与えることはできぬ。しかし真理そのものの本質は何か一般に真理の標識は何か。真理を発見せんとするときわれらは如何なる条件を満たさ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・したがっていかなる倫理的な、たましいの憧憬を伴う恋愛も終局はその肉体的接融をまって完成すべきものではある。しかしたましいの要請が強ければ強いだけ、その肉体的接融はその用意を要する。すなわち肉体だけがたましいの要請をはなれて結びつかぬように、・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・式の絶望の終局にしようか、などひどい興奮でわくわくしながら、銭湯の高い天井からぶらさがっている裸電球の光を見上げた時、トカトントン、と遠くからあの金槌の音が聞えたのです。とたんに、さっと浪がひいて、私はただ薄暗い湯槽の隅で、じゃぼじゃぼお湯・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・天然なる厳粛の現実の認識は、二・二六事件の前夜にて終局、いまは、認識のいわば再認識、表現の時期である。叫びの朝である。開花の、その一瞬まえである。 真理と表現。この両頭食い合いの相互関係、君は、たしかに学んだ筈だ。相剋やめよ。いまこ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・かかる終局の告白を口の端に出しては、もはや、私、かれに就いてなんの書くことがあろう。私の文学生活の始めから、おそらくはまた終りまで、ボオドレエルにだけ、ただ、かれにだけ、聞えよがしの独白をしていたのではないのか。「いま、日本に、二十七八・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・「生きて在るものを愛せよ」「おれは新しくない。けれども決して古くはならぬ」「いのちがけならば、すべて尊し」「終局において、人間は、これ語るに足らず」「不可解なのは藤村の表情」「いや、そのことについては、私が」「いや、僕だ。僕だ。」「人は人を・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・と同じ感じのもののように思われる。終局の場面でも、人生の航路に波が高くて、舳部に砕ける潮の飛沫の中にすべての未来がフェードアウトする。伴奏音楽も唱歌も、どうも自分には朗らかには聞こえない。むしろ「前兆的」な無気味な感じがするようである。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・この三人が、姫君のためにはハッピーエンド、彼らの目には悲劇であるかもしれない全編の終局の後に、短いエピローグとして現われ、この劇の当初からかかっていた刺繍のおとぎ話の騎士の絵のできあがったのを広げてそうして魔女のような老嬢の笑いを笑う。運命・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・科学的の知識はそうそうたやすく終局に達せらるるものではない事を呑み込ませて欲しいものである。時には更に反問して彼等に考えさせることも必要である。勿論児童の質問があるごとにかように話しているわけにはゆかないが、教師の根本態度が、この考えであっ・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
出典:青空文庫