・・・その廚子の上には経文と一しょに、阿弥陀如来の尊像が一体、端然と金色に輝いていました。これは確か康頼様の、都返りの御形見だとか、伺ったように思っています。 俊寛様は円座の上に、楽々と御坐りなすったまま、いろいろ御馳走を下さいました。勿論こ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・「不肖ながら道命は、あらゆる経文論釈に眼を曝した。凡百の戒行徳目も修せなんだものはない。その方づれの申す事に気がつかぬうつけと思うか。」――が、道祖神は答えない。切り燈台のかげに蹲ったまま、じっと頭を垂れて、阿闍梨の語を、聞きすましてい・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・ それから、――それから如来の偈を説いたことは経文に書いてある通りである。 半月ばかりたった後、祇園精舎に参った給孤独長者は竹や芭蕉の中の路を尼提が一人歩いて来るのに出会った。彼の姿は仏弟子になっても、余り除糞人だった時と変っていな・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・古い経文の言葉に、心は巧みなる画師の如し、とございます。何となく思浮めらるる言葉ではござりませぬか。 さてお話し致しますのは、自分が魚釣を楽んでおりました頃、或先輩から承りました御話です。徳川期もまだひどく末にならない時分の事でござ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・其時日朝上人というのは線香の光で経文を写したという話を観行院様から聞いて、大層眼の良い人だと浦山しく思いました。然し幸に眼も快くなって何のこともなく日を過した。 夏になると朝習いというのが始まるので、非常に朝早く起きて稽古に行ったもので・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・シロオテはそれにむかって、なにやら経文を、ひくく読みあげていた。 白石は家へ帰って、忘れぬうちにもと、きょうシロオテから教わった知識を手帖に書いた。 ――大地、海水と相合うて、その形まどかなること手毬の如くにして、天、円のうちに居る・・・ 太宰治 「地球図」
・・・そして経文を引用してある中に、海水の鹹苦な理由を説明する阿含経の文句が挙げてある。ところがその説明が現在の科学の与えている海水塩分起原説とある度までよく一致しているから面白い。 また河水が流れ込んでも海が溢れない訳を説明する華厳経の文句・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・須利耶さまは写しかけの経文に、掌を合せて立ちあがられ、それから童子さまを立たせて、紅革の帯を結んでやり表へ連れてお出になりました。駅のどの家ももう戸を閉めてしまって、一面の星の下に、棟々が黒く列びました。その時童子はふと水の流れる音を聞かれ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・「仏法のいろいろな経文を、たぐいなくありがたい抒情詩と思います今日この頃の私であります。」「水晶幻想」時代にも、彼は科学の階級性は全然把握できなかった。今は更に進んで「抒情歌」によってとうとう現世をすて霊の天上界へまで逃げのびてしま・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・当山は勅願の寺院で、三門には勅額をかけ、七重の塔には宸翰金字の経文が蔵めてある。ここで狼藉を働かれると、国守は検校の責めを問われるのじゃ。また総本山東大寺に訴えたら、都からどのような御沙汰があろうも知れぬ。そこをよう思うてみて、早う引き取ら・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫