・・・自分がこの家にはじめて来たころはようよう十四五ぐらいで桃割れに結うた額髪をたらせていた。色の黒い、顔だちも美しいというのではないが目の涼しいどこかかわいげな子であった。主人夫婦の間には年とっても子が無いので、親類の子供をもらって・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・主人夫婦の外には二十二、三の息子らしい弱そうな脊の高い男と、それからいつも銀杏返しに結うた十八、九の娘と、外には真黒な猫が居るようであった。亭主と息子は時々店の品物に溜まる街道の塵をはたいている。主婦や娘は台所で立働いているのを裏口の方から・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・……………仲町を左へ曲って雪見橋へ出ると出あいがしらに、三十四、五の、丸髷に結うた、栗に目口鼻つけたような顔の、手頃の熊手を持った、不断著のままに下駄はいた、どこかの上さんが来た。くたびれた様も見えないで、下駄の歯をかつかつと鳴らしながら、・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ 彼女は、朝の髪を結うとき、殆どひとりでに改めてその華やかな文字を眺めなおしただろう。きっと寂しい眼付をして窓の外を眺め、髪を結いかけていた肱を一寸落さなかったと如何うして云える? 起きてから、彼女は断った招宴について一言も云わなか・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 自分で結う丸髷をきれいに光らせて縞の筒袖の上から黒無地の「モンペ」をはいて居る。草鞋を履いてでも居そうなのに、白足袋に草履があんまり上品すぎる。 足の方を見ると、神社の月掛けを集めて廻る男の様な気がする。年の割にしては小綺麗に見え・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 娘は、いかにも娘らしい古風な島田にでも結うような娘ならば人から何か云われると耳たぶまで赤くしてたたみの目をかぞえながらこもったような声で返事をする。髪でも結ってくれるので満足して一通りの遊芸は心得て居て手の奇麗な目の細くて切れのいい唇・・・ 宮本百合子 「妙な子」
出典:青空文庫