・・・己が日と時刻とをきめて、渡を殺す約束を結ぶような羽目に陥ったのは、完く万一己が承知しない場合に、袈裟が己に加えようとする復讐の恐怖からだった。いや、今でも猶この恐怖は、執念深く己の心を捕えている。臆病だと哂う奴は、いくらでも哂うが好い。それ・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・毎晩毎晩そうして新しい寝床で新しい夢を結ぶんだ。本も机も棄てっちまうさ。何もいらない。本を読んだってどうもならんじゃないか。B ますます話せる。しかしそれあ話だけだ。初めのうちはそれで可いかも知れないが、しまいにはきっとおっくうになる。・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 前夜、福井に一泊して、その朝六つ橋、麻生津を、まだ山かつらに月影を結ぶ頃、霧の中を俥で過ぎて、九時頃武生に着いたのであった。――誰もいう……此処は水の美しい、女のきれいな処である。柳屋の柳の陰に、門走る谿河の流に立つ姿は、まだ朝霧をそ・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・(身を悶お蔦 (はっと泣いて、早瀬に縋一日逢わねば、千日の思いにわたしゃ煩うて、針や薬のしるしさえ、泣の涙に紙濡らし、枕を結ぶ夢さめて、いとど思いのますかがみ。この間に、早瀬、ベンチを立つ、お蔦縋るようにあとにつき、双方涙の・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ 僕は懐にあった紙の有りたけを力杖に結ぶ。この時ふっと気がついた。民さんは野菊が大変好きであったに野菊を掘ってきて植えればよかった。いや直ぐ掘ってきて植えよう。こう考えてあたりを見ると、不思議に野菊が繁ってる。弔いの人に踏まれたらしいが・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・漢詩愛誦家の中にはママ諳んずるものもあるが、小説愛好者、殊に馬琴随喜者中に知るものが少ないゆえ抄録して以てこの余談を結ぶ。 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・それ故、文章を作らしたらカラ駄目で、とても硯友社の読者の靴の紐を結ぶにも足りなかったが、其磧以後の小説を一と通り漁り尽した私は硯友社諸君の器用な文才には敬服しても造詣の底は見え透いた気がして円朝の人情噺以上に動かされなかった。古人の作や一知・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・りっぱに花が咲いて、実を結ぶことができる。まだ北の方に、俺を待っているものがたくさんいる。」と、太陽はいいました。「だが私は、あなたにお別れするのが悲しくてなりません。」と、草はいいました。「そんなに悲しまなくてもいい。俺は南に帰る・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
・・・私も子供の時分から山々へ上がって、どこのがけにはなにがはえているとか、またどこの谷にはなんの草が、いつごろ花を咲いて、実を結ぶかということをよく知っていました。親父は、薬売りは、人の命にかかる商売だから、めったなものを持ち歩くことはできない・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・結び目をぐるりとうしろへ廻すのを忘れたのか、それとも不精で廻さないのか、いや、当人に言わせると、前に結ぶ方がイキだというのである。バンドは前に飾りがついているし、女は帯の上に帯紐をするし、おまけにその紐は前で結んでいるではないか、男の帯だっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
出典:青空文庫