・・・製線所では割合に斤目をよく買ってくれたばかりでなく、他の地方が不作なために結実がなかったので、亜麻種を非常な高値で引取る約束をしてくれた。仁右衛門の懐の中には手取り百円の金が暖くしまわれた。彼れは畑にまだしこたま残っている亜麻の事を考えた。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その結果として起こってきた文化なるものは、あるべき季節に咲き出ない花のようなものであるから、まことの美しさを持たず、結実ののぞみのないものになってしまった。人々は今日今日の生活に脅かされねばならなくなった。 種子は動くことすらできない。・・・ 有島武郎 「想片」
・・・この危機を恐れるならば、他人に対して淡泊枯淡あまり心をつながずに生きるのが最も賢いが、しかしそれではこの人生の最大の幸福、結実が得られないのであるならば、勇ましくまともにこの人生の危機にぶつかる態度をもって、しかしそれだけにつつましく知性と・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・立って、風の如く御不浄に走り行き、涙を流して吐いて、とにかく、必ず呻いて吐いて、それから芸者に柿などむいてもらって、真蒼な顔をして食べて、そのうちにだんだん日本酒にも馴れた、という甚だ情無い苦行の末の結実なのであった。 小さい盃で、チビ・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・そのとしの秋にもまた稲の穂に穂がみのり林檎も前年に負けずに枝のたおたおするほどかたまって結実したのである。村はうるおいはじめた。惣助は予言者としての太郎の能力をしかと信じた。けれどもそれを村のひとたちに言いふらしてあるくことは控えていた。そ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・そういうのだと、結実した子房はちゃんと花の中心に起き直って、今まで水平の方向を向いていた柱頭が垂直に天上をさしている。すなわち直角だけ回転している。そうして、おしべはと見るとどこへ行ったかわからない。よく見ると子房の基底部にまっ黒くひからび・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ この時代、日本の反ファシズム運動が結実しなかったのには、根本的な理由があった。それは、一九三二年以後に日本のプロレタリア文学運動がひどい弾圧をこうむってから、当時の文化人・文学者の中には文学の階級的な本質――この基礎の上にこそ現実の反・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・文化・芸術の成果を集中しはじめた。文化・芸術の結実は、そのものとして人民に愛され、貴ばれる本質から変化させられて商品化し、投資の対象と化して来ているのである。 第二次世界大戦まで、パリは芸術の都と云われて来た。それは、ヨーロッパにおいて・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・現実の諸関係についての一層のリアリズム、一層の粘り、一層の謙遜にして不屈なる作家的気魄の確保が、今日から明日へつづく諸経験を貫いて、文学的結実をなすであろうと信じる。 附記 今日の文学を語る上からは、当然小説以外の諸ジャンルの現・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・日本では、ブルジョア文学さえも、西欧的な意味では結実していなかった。さもなければ、文化人、文学者が、民主主義の展望の具体的要因として、どうして今日のように、個人の確立を問題とし、苦悩し、ある意味で混乱して迷路にさえひきこまれる現象が起りうる・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
出典:青空文庫