・・・舞台の奥から機関車のヘッドライトが突進して来るように見えるのは、ただ光力をだんだんに強くし、ランプの前の絞りを開いて行くだけでそういう錯覚を起こさせるのではないかと思われた。 しかし、ともかくも見ただけの甲斐はあった。友人の哲学者N君に・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・オリブ色の吾妻コオトの袂のふりから二枚重の紅裏を揃わせ、片手に進物の菓子折ででもあるらしい絞りの福紗包を持ち、出口に近い釣革へつかまると、その下の腰掛から、「あら、よし子さんじゃいらッしゃいませんか。」と同じ年頃、同じような風俗の同じよ・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・いくら咽喉を絞り声を嗄らして怒鳴ってみたってあなたがたはもう私の講演の要求の度を経過したのだからいけません。あなた方は講演よりも茶菓子が食いたくなったり酒が飲みたくなったり氷水が欲しくなったりする。その方が内発的なのだから自然の推移で無理の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・と癇の高い声を、肺の縮むほど絞り出すと、太い声が、草の下から、「おおおい」と応える。圭さんに違ない。 碌さんは胸まで来る薄をむやみに押し分けて、ずんずん声のする方に進んで行く。「おおおい」「おおおい。どこだ」「おおおい。・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・そして吐息は彼女の肩から各々が最後の一滴であるように、搾り出されるのであった。 彼女の肩の辺から、枕の方へかけて、未だ彼女がいくらか、物を食べられる時に嘔吐したらしい汚物が、黒い血痕と共にグチャグチャに散ばっていた。髪毛がそれで固められ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ ――滅茶苦茶に手前等は儲けやがって、俺たちを搾りやがるから、いずれストライキだよ。吠え面かくな――と彼は心の中で思った。「おかしいじゃないか、おい」 一運は、チャートルームにいる、相番のコーターマスターを呼んだ。「オーイ」・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ソヴェト同盟が搾り専門の社長、重役を工場から追っぱらったと同時に、監督とか世話役とか天くだりの役員を廃絶し、みんなが順ぐり互の仕事を監督し合い、技術を向上するよう励まし合ってゆくプロレタリアらしいやりかたが、この代議員というものに現われてい・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ あなたがひどくお悪かったあと、髪がうすく軽くなって、向い会っていると頭の地がすけてみえて本当に吃驚したことがありました。絞りの着物を着て、やっと歩いて出ていらしてお腹を落して椅子にかけていらした時分です。日本画家が幽霊をかく時には、必・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・これは外の並木通りで、絞りをずっと縮めてゆくともう一本やっぱりクレムリンを遠巻きにして円く――そう! これが内の並木通りである。 並木通新聞という言葉がある。 先年、モスクワ駐在の不幸な一日本海軍武官が神経の故障から何か個人的問・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・彼らが小さい一冊の本を書くためにも、その心血を絞り永年の刻苦と奮闘とを通り抜けなければならなかった事を思えば、私たちが生ぬるい心で少しも早く何事かを仕上げようなどと考えるのは、あまりにのんきで薄ッぺらすぎます。七 私は才能乏・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫